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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3939号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、二億二五〇九万一八二〇円及び内金一億一八九三万一七三四円に対する昭和五六年四月一六日から、内金六一一三万六七一五円に対する同五九年九月一二日から、内金四五〇二万三三七一円に対する同六一年五月一三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一〇億六六〇〇万円及び内金三億九六〇〇万円に対する昭和五六年四月一六日から、内金四億二〇〇〇万円に対する同五九年九月一二日から、内金二億五〇〇〇万円に対する同六一年五月一三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の(一)、(二)の特許権(以下(一)の特許権を「本件特許権(一)」、その特許発明を「本件発明(一)」、(二)の特許権を「本件特許権(二)」、その特許発明を「本件発明(二)」という。)を有していた。

(一) 特許番号 第六九九三一〇号

発明の名称 シリカ被覆クロム酸鉛顔料

出願 昭和四一年一〇月四日

一九六五年一〇月五日及び一九六六年六月八日の各アメリカ合衆国出願に基づく優先権主張

出願公告 昭和四六年三月一〇日

登録 昭和四八年八月九日

(二) 特許番号 第九五二〇六五号

発明の名称 クロム酸鉛顔料およびその製法

出願 昭和四三年一一月七日

一九六七年一一月八日のアメリカ合衆国出願に基づく優先権主張

出願公告 昭和四六年一〇月一二日

登録 昭和五四年五月二五日

2  本件発明(一)及び(二)の特許出願の願書に添付した明細書(以下それぞれ「本件明細書(一)」、「本件明細書(二)」という。)の特許請求の範囲の記載は、それぞれ本判決添付の特許公報(以下本件発明(一)の特許公報を「本件公報(一)」、本件発明(二)の特許公報(補正後のもの)を「本件公報(二)」という。)の該当項記載のとおりである。

3(一)(1) 本件発明(一)は、次の構成要件から成るものである。

A クロム酸鉛顔料と、

Bイ その顔料の各粒子の表面に実質的に連続した皮膜の形で存在する

ロ 全重量当たり少なくとも二パーセントの

ハ 濃密な

ニ 不定形シリカ

とから本質的に成る、

C クロム酸鉛顔料組成物。

(2) 本件発明(一)は、次の作用効果を奏する。

クロム酸鉛を主成分とするクロム酸鉛顔料は、種々の色調の顔料として公知であるが、イ アルカリ及び酸に対し不安定、ロ 硫化物の存在による色付け、ハ 露光又は加熱による黒変等の欠点を有していたところ、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料組成物は、前(1)の構成により、従来提案されたシリカ被覆顔料組成物に比して、外部物質に対する浸透阻止性が大きく(本件公報(一)三頁五欄四三行ないし六欄五行)、そのため、アルカリ、酸及び硫化物に対する感応性が減少し、かつ、露光や加熱を原因とする変色に対する抵抗性が改善されており、従来利用することができなかった各種分野、例えば、ペイント、印刷インク、プラスチック、床タイルなどの分野にも使用することが可能となったのである(本件公報(一)六頁一一欄四二行ないし一二欄九行)。

(二)(1) 本件発明(二)は、次の構成要件から成るものである。

A 全重量に基づき約二~四〇重量パーセントの緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させた、

B 顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して、それぞれ粉末度四・一μ以上のもの一〇パーセント以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇パーセントを含むクロム酸鉛顔料粒子から実質的に成り、

C 光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び特に二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色及び摩擦に対し抵抗性を持つ、

D 改良クロム酸鉛顔料。

(2) 本件発明(二)は、次の作用効果を奏する。

実質的に連続した緻密な無定形シリカの皮膜を被覆したクロム酸鉛顔料は、熱及び化学的作用に対し優れた安定性を示すが、液体媒質中で摩擦作用を加えるとき、例えば、ポリスチレン、ポリエチレンなどのような熱塑性樹脂の着色にクロム酸鉛顔料を使用する場合は、乾燥したクロム酸鉛顔料を粒状の熱塑性樹脂と混合して均質になるまで激しくかき混ぜるのであるが、このようなときに、クロム酸鉛顔料粒子の凝集体(クラスター又はアグロメレート。以下単に「凝集体」という。)が破壊され、それによりシリカ又はシリカ-アルミナのコーチングがいろいろな程度で剥離若しくは除去されて、同顔料の化学的、熱的抵抗力及び光に対する抵抗力が劣化するという欠点があったところ、本件発明(二)は、クロム酸鉛顔料粒子のサイズに特殊な限定を設けることにより、右のようなシリカ被覆クロム酸鉛顔料の欠点を解決したものである。

4  被告は、昭和五三年一月一日から同六一年三月末日までの間、別紙目録記載のクロム酸鉛顔料組成物(以下「被告製品」という。)を製造販売した。

5(一)  被告製品は、次のとおり、本件発明(一)の構成要件をすべて充足し、本件発明(一)の技術的範囲に属する。

(1) 被告製品の顔料は、別紙目録の(1)記載のとおり、クロム酸鉛顔料であるから、本件発明(一)の構成要件Aを充足する。

(2) 被告製品は、別紙目録の(1)、(3)記載のとおり、顔料粒子の表面に、全重量当たり〇・八~一・八パーセントのアルミナを含む全重量当たり一八~二二パーセントの不定形シリカの皮膜を有するから、本件発明(一)の構成要件Bのイ、ロ、ニのうち「その顔料の各粒子の表面に……皮膜の形で存在する全重量当たり少なくとも二パーセントの……不定形シリカ」の構成を具備する。また、本件発明(一)の構成要件Bのイ、ニにいう「実質的に連続した皮膜の形で存在する……不定形シリカ」の構成のうち、「連続した」とは、不定形シリカの皮膜が、電子顕微鏡(本件発明(一)の特許出願当時使用されていた普通のものであって、倍率は、顔料粒子とシリカ皮膜を識別することができる程度、例えば、三万八〇〇〇倍でよい。)で見て破断が認められないことをいい、「実質的に連続した」とは、「完全に」ということではなく、一部に多少の破断が認められても、アルカリ、酸及び硫化物に対する非透過性が先行技術のもの(例えば、本件公報(一)二頁三欄二一行ないし三七行記載のもの)に比して大であればよいということであるところ、被告製品は、別紙目録の(3)記載のとおり、不定形シリカの皮膜が、電子顕微鏡写真の観察によって、均一で滑らかな輪郭を有するので、本件発明(一)の「実質的に連続した皮膜」の構成を具備する。更に、本件発明(一)の構成要件Bのハにいう「濃密な」とは、その字句の示すとおり稠密(dense)ということであって、多孔質ゲル状シリカのように多数の空隙を有する粒状シリカと明確に区別されるということであるが(本件公報(一)三頁五欄三四行ないし六欄五行参照)、被告製品は、別紙目録の(3)記載のとおり、不定形シリカの皮膜についての電子顕微鏡写真の観察によっても、シリカの微粒子及びその不定形凝集塊の存在がほとんど認められないものであるから、本件発明(一)の右構成を具備する。なお、被告製品の不定形シリカの皮膜には、前述のとおり少量のアルミナが添加されているが、本件明細書(一)に、「所望に応じて加えるアルミナは、それだけでシリカ上に沈積させるか、あるいは皮膜中のシリカの一部とアルミナとを結合させて沈積させる。」(本件公報(一)二頁四欄六行ないし九行)と記載されているところから明らかなように、本件発明(一)のシリカ皮膜は、アルミナを含んでもよいのであるから、被告製品のシリカ皮膜は、本件発明(一)の構成要件Bにいう不定形シリカの皮膜に含まれる。なおまた、被告製品は、別紙目録の(2)、(3)記載のとおり、クロム酸鉛顔料とシリカ皮膜との間に、ジルコニウム化合物を沈積させているが、右ジルコニウム化合物は、単なる付加にすぎない。したがって、被告製品は、本件発明(一)の構成要件Bを充足する。

(3) 被告製品は、別紙目録の(5)記載のとおり、クロム酸鉛顔料組成物であるから、本件発明(一)の構成要件Cを充足することは明らかである。

(二)  被告製品は、次のとおり、本件発明(二)の構成要件をすべて充足し、本件発明(二)の技術的範囲に属する。

(1) 本件発明(二)の構成要件Aは、シリカの重量に上限が設けられたことのほかは、本件発明(一)の構成要件Bと同一であるところ、被告製品は、別紙目録の(1)、(3)記載のとおり、全重量当たり〇・八~一・八パーセントアルミナを含む全重量当たり一八~二二パーセントの不定形シリカが皮膜としてクロム酸鉛顔料粒子の表面を覆っているので、本件発明(二)の構成要件Aの「全重量に基づき約二~四〇重量パーセントの……無定形シリカを……皮膜としてその表面上に沈着させた」との構成を具備する。また、被告製品の不定形シリカ皮膜は、前(一)(2)に述べたとおり、電子顕微鏡写真の観察によっても、均一で滑らかな輪郭を有しているので、本件発明(二)の構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備し、更に、同皮膜は、シリカ微粒子やその不定形凝集塊をほとんど含まないので、本件発明(二)の構成要件Aの「緻密な無定形シリカ」の皮膜の構成も具備する。なお、被告製品は、クロム酸鉛顔料とシリカ皮膜との間に、ジルコニウム化合物を沈積させているが、右ジルコニウム化合物は、単なる付加にすぎない。

(2) 本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布測定法は、本件明細書(二)に「コロイドミリングした後すぐにこのスラリを10等分し、それぞれを……遠心分離する。次に、この遠心分離管に沈積しなかったスラリをデカンテーションし、乾燥し、秤量する。また、沈積した部分を管から取り出し、洗浄し、乾燥した後秤量する。」(本件公報(二)九頁一八欄三三行ないし四〇行)、「ストークス則に基づく数学方程式を用い、これに遠心作用を代入することによって(ニューヨーク、インターサイエンス・パブリッシャーズ、インコーポレーテッド1955年発行、R.D.Cadle著「パーチクル(「パークチル」は、「パーチクル」の誤記と認められる。)・サイズ・デターミネーション(Particle Size Determination)」参照)、前記の結果を、顔料粒子の「ストークス・エクイバレント・ダイアメーターズ(Stokes Equivalent Diameters)」として表すことができる。」(本件公報(二)一〇頁一九欄一〇行ないし一九行)と記載されているように、遠心分離処理を含むデカンテーション法を用い、別紙(一)記載のストークス則に基づく数学方程式に従って、顔料粒子のストークス・エクイバレント・ダイアメーターズを求めるという方法である(以下本件発明(二)の右粒子サイズ測定方法を「本件遠心沈降法」という。なお、右の顔料粒子の粉末度については、一般に「粒度」、「粒径」などの用語も使用されているが、以下本件遠心沈降法により測定された粒子のサイズを意味する用語として「粒子サイズ」の用語を使用する。)。なお、粒子サイズが一・四μ以下又は四・一μ以上のものが全体に対して占める割合は、顔料組成物のスラリーを遠心分離管に採り、これを所定の角速度のもとに、粒子サイズ一・四μ又は四・一μの粒子が沈降するに要する所定の時間遠心分離処理し、遠心分離管に沈積(沈降)しなかったスラリー(上澄液)をデカンテーション法により沈積した部分と分離し、右上澄液中の顔料組成物粒子の重量[D]と右沈積した部分の顔料組成物粒子の重量[S]とを秤量することにより、次の式に従って求めることになる。

直径1・4μ以下の粒子のパーセント=D÷(S+D)×100

直径4・1μ以上の粒子のパーセント=S÷(S+D)×100

ところで、本件発明(二)の構成要件Bは、シリカ被覆前のクロム酸鉛顔料スラリーを本件遠心沈降法により測定して、粒子サイズが一・四μ以下の粒子が五〇パーセント以上、粒子サイズが四・一μ以上のものが一〇パーセント以下であることを意味するところ、被告製品のクロム酸鉛顔料組成物粒子の粒子サイズ分布は、別紙目録の(4)記載のとおり、コールターカウンターによる測定によって、粒子サイズが四・一μ以上のものが一〇パーセント以下、粒子サイズが一・四μ以下のものが五〇パーセント以上であり、これは、本件遠心沈降法によって測定した粒子サイズが四・一μ以上のものが一〇パーセント以下、粒子サイズが一・四μ以下のものが五〇パーセント以上である粒子サイズ分布を有することを意味する。そして、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子からシリカ皮膜を除去した状態の粒子は、当然これより小さい粒子サイズを有しているのであるから、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料スラリーを本件遠心沈降法により測定すれば、粒子サイズが四・一μ以上のものは一〇パーセント以下であり、粒子サイズが一・四μ以下のものは五〇パーセント以上になることが明らかである。また、右の事実は、京都大学化学研究所助教授小林隆史作成の昭和六〇年三月二二日付鑑定書(甲第一九号証、以下「小林鑑定書(一)」という。)、同六一年一二月一三日付鑑定書(第2)(甲第二一号証、以下「小林鑑定書(二)」という。)、同六二年七月一〇日付鑑定書(第3)(甲第二二号証)(以下右三通の鑑定書をまとめて「小林鑑定書」という。)及びハーバート・バルドサール外三名作成の共同宣誓供述書(甲第七号証)、ジェイムズ・エフ・ヒギンズ外五名作成の共同宣誓供述書(甲第一六号証)によっても明らかである。

したがって、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Bを充足する。

(3) 本件発明(二)の構成要件Cは、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料組成物の物性を限定するものであるところ、被告製品は、右(1)のシリカ皮膜を有するが故に、このような皮膜を有しないクロム酸鉛顔料組成物に対して、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液に対する抵抗性及び二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色に対する抵抗性が大であり、また、右(2)の粒子サイズを有するが故に、このような粒子サイズを有しない顔料組成物に比して、摩擦に対する抵抗性が大である。したがって、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Cを充足する。

(4) 被告製品が本件発明(二)の構成要件Dの「改良クロム酸鉛顔料」の要件を充足することは、明らかである。

6  被告は、前4の期間、故意又は過失により被告製品を製造販売して本件特許権(一)又は本件特許権(二)を侵害したものであって、これにより原告が被った次の損害を賠償すべき義務を負担した。

(一) 原告は、被告に対し、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額(以下「実施料相当額」という。)の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ(特許法一〇二条二項)、原告は、訴外菊池色素工業株式会社(以下「菊池工業」という。)に対し、本件特許権(一)及び本件特許権(二)について実施許諾を与えており、その実施料は一kg当たり三五〇円であるから、本件発明(一)又は本件発明(二)の実施料相当額は、製品一kg当たり三五〇円が相当である。そして、被告製品の販売数量は、(1)昭和五三年一月一日から同五五年一二月末日までの期間については、同五三年一月一日から同年三月末日までの間が八万四一四八kg、同五三年四月一日から翌五四年三月末日までの間が四七万〇二九〇kg、同五四年四月一日から翌五五年三月末日までの間が五八万二三一四kg、同五五年四月一日から同年一二月末日までの間が三四万二九六二kgであるから、合計で一四七万九七一四kg、(2)同五六年一月一日から同五八年一二月末日までの期間については、同五六年一月一日から同年三月末日までの間が一一万四三二一kg、同五六年四月一日から同五七年三月末日までの間が五五万二〇五二kg、同五七年四月一日から翌五八年三月末日までの間が五〇万二三二八kg、同五八年四月一日から同年一二月末日までの間が三二万八一〇七kgであるから、合計で一四九万六八〇八kg、(3)同五九年一月一日から同六一年三月末日までの期間については、同五九年一月一日から同年三月末日までの間が一〇万九三六九kg、同五九年四月一日から翌六〇年三月末日までの間が四九万三六八一kg、同六〇年四月一日から翌六一年三月末日までの間が四九万九三四六kgであるから、合計で一一〇万二三九六kgである。したがって、被告が原告に支払うべき実施料相当額は、三五〇円に右の被告製品の販売数量を乗じた金額であるから、右(1)の期間について五億一八七九万九九〇〇円、右(2)の期間について五億二三八八万二八〇〇円、右(3)の期間について三億八五八三万八六〇〇円である。

(二) 原告は、被告に対し、被告製品の製造販売行為により被告が得た利益の額を、原告が受けた損害の額として請求することができるところ(特許法一〇二条一項)、右利益の額は、別紙(二)の被告利益額一覧表の「利益額」欄記載のとおりであり、前(一)(1)の期間については二億五八八三万五六六七円(別紙(二)の被告利益額一覧表の61期から63期までの利益額の合計額に64期の利益額の四分の三を加えたもの)、前(一)(2)の期間については一億七〇六六万六九九〇円(同(二)の被告利益額一覧表の64期の利益額の四分の一と65期、66期の利益額の合計額に67期の利益額の四分の三を加えたもの)、前(一)(3)の期間については一億八一七三万〇六一五円(同(二)の被告利益額一覧表の67期の利益額の四分の一に68期の利益額を加え、更に、昭和六〇年四月から同六一年三月までの間の利益額を同(二)の被告利益額一覧表の62期から68期までの利益額の平均値である七四〇九万三七九九円と推定して、これを加えたもの)である。なお、特許法一〇二条一項の規定にいう「利益の額」とは、被告製品の売上高から売上原価を差し引いた売上総利益から、製品運賃及び販売費を控除した額とみるべきであり、この額から更に一般管理費、営業外損益及び特別損益を控除した額を純利益と考えるべきではない。すなわち、同項の規定にいう「利益」とは、侵害の事実がなかったと仮定した場合に予想される財産の総額と、その事実の発生した後の現実の財産の総額との差であると考えるべきであり、したがって、侵害行為に直接関係のある費用は控除してよいが、それと関係なく生じている一般管理費や営業外損益等を控除するのは妥当ではないのである。

原告は、仮に、右(一)の一kg当たり三五〇円という実施料相当額の原告の主張が認められず、実施料相当額が利益の額を下回る額に認定される場合は、利益の額を損害として請求するものである。

7  よって、原告は、被告に対し、本件不法行為により原告が被った前6の損害のうち、前6(一)(1)の期間については三億九六〇〇万円、同(2)の期間については四億二〇〇〇万円、同(3)の期間については二億五〇〇〇万円の合計一〇億六六〇〇万円及び内金三億九六〇〇万円に対する不法行為の後の日である昭和五六年四月一六日から、内金四億二〇〇〇万円に対する不法行為の後の日である同五九年九月一二日から、内金二億五〇〇〇万円に対する不法行為の後の日である同六一年五月一三日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求の原因1、2の事実は認める。

(二)(1) 同3(一)(1)の事実は認める。同3(一)(2)については、本件明細書(一)にその旨の記載があることは認めるが、同項にいう作用効果は、本件発明(一)によって初めて達成されたものではなく、右作用効果を達成する多くの技術が本件発明(一)の特許出願前から公知となっている。

(2) 同3(二)(1)の事実は認める。同3(二)(2)の事実は知らない。

(三)  同4の事実は認める。

(四)  同5、6の事実は否認する。

2  本件発明(一)の構成要件B及び本件発明(二)の構成要件Aについて

(一) シリカ被覆の直接性

本件発明(一)の構成要件B及び本件発明(二)の構成要件Aは、次に述べるとおり、クロム酸鉛顔料粒子の表面を直接不定形シリカで被覆し、その間に介在物のないことを必須の要件とするのに対し、被告製品では、クロム酸鉛顔料粒子の表面を直接被覆しているのは、ジルコニウムオキサイド皮膜であって、不定形シリカ皮膜ではないので、被告製品は、本件発明(一)及び(二)の右各構成要件を充足しない。

(1) 本件発明(一)についていえば、本件明細書(一)の特許請求の範囲の項に、「その顔料の各粒子の表面に……皮膜の形で存在する」と記載され、また、発明の詳細な説明の項に、「本発明は特にその表面上に実質的に連続した塗膜として……無定形シリカをもったクロム酸鉛顔料粒子から本質的に成っている」(本件公報(一)一頁一欄二四行ないし二八行)、「クロム酸鉛顔料粒子の表面にシリカ層を形成させる」(同五頁九欄一〇行、一一行)、「シリカが残り、それが存在するクロム酸鉛粒子表面に容易に沈積する。」(同五頁九欄二七行ないし二九行)、「シリカが、クロム酸鉛粒子の表面に……沈積しうる」(同五頁九欄三一行、三二行)、「実質的に連続した皮膜として各粒子の表面に沈積した」(同一一頁二二欄三八行、三九行)、アルミナについて「アルミナをシリカ皮膜上に沈積させた」(同一二頁二三欄一二行、一三行)と記載されており、そして、本件発明(二)についていえば、本件明細書(二)の特許請求の範囲の項に、「全重量に基づき約二~四〇重量パーセントのち密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させた」と記載され、また、発明の詳細な説明の項に、「本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーチング(「コーチイグ」は、「コーチング」の誤記と認められる。)で包むことによって得られる。」(本件公報(二)二頁三欄一六行ないし一八行)、「被覆加工した顔料の後における使用態様とは無関係に最大の保護作用を発揮させるには、アグロメレートではなく、分散している顔料粒子そのものに直接コーチングを施こすことが必要である。」(同三頁五欄三九行ないし四三行)、「これによって、顔料粒子上で、連続的なシリカコーチングの形成が始まる。」(同三頁六欄二四行、二五行)、「添加したケイ酸ナトリウムと過剰の鉛イオンが反応してケイ酸鉛を沈殿し、これが顔料上への所望の連続性シリカコーチングの形成を妨げる場合があり」(同五頁一〇欄四四行ないし六頁一一欄二行)、アルミナがある場合について「シリカコーチングの形成が始まる。その後で、アルミン酸ナトリウムまたは硫酸アルミニウムの水溶液を加える。」(同三頁六欄二四行ないし二七行)、「アルミナをシリカコーチング上に沈着させた」(同一一頁二二欄四四行)と記載されており、以上の記載からすれば、本件発明(一)及び(二)は、いずれもクロム酸鉛顔料粒子表面に直接シリカ皮膜を被覆するものを対象としていることが明らかである。

(2) 原告は、本件特許権(二)についての被告による無効審判請求に対する昭和五八年三月一五日付審判事件答弁書(以下「本件無効審判事件答弁書」という。)において、「甲第1号証のクレーム1~3等においてはすべて、コア材は「PH7~11の不溶性のケイ酸塩を形成する金属の酸化物又はケイ酸塩から成る群から選ばれる金属化合物を表面に有するもの」に限定されているのである。……そもそも甲第1号証には、同号証で使用しうるコア材について次のとおり記載されている。「化学的には、コア材はシリカ以外の材料から構成される。コア材はシリカ・スキンの付着に対して化学的に感受性であるか或いは後述するように適当な処理によって、感受性のものとすることが重要である。該コア材の化学的特性を考慮すると、コア材全部が同じ組成である必要はないことが明らかであろう。唯一に重要なことは、コア材の内部が如何なる組成を有していようと、該コア材の表面がシリカ・スキンとの結合に対して反応性であるか或いは結合しうるようになされていることである。該コア材又は基材或いは核材はPH7~11で不溶性のケイ酸塩を形成する金属のケイ酸塩又は酸化物で覆われている。」(甲第1号証2欄27-40行)……しかるにクロム酸鉛顔料の表面は、甲第1号証に記載されているように金属の酸化物や金属のケイ酸塩で覆われているものではないから、クロム酸鉛は甲第1号証にいうシリカ・スキンと化学的に結合しうるものではない。」(同答弁書一四頁五行ないし一六頁一〇行。なお、右の「甲第1号証」は、米国特許第二、八八五、三六六号の明細書である。以下同特許に係る発明を「アイラー発明」という。)と主張しており、したがって、原告の右見解からすると、本件発明(一)の構成要件Bの「その顔料の各粒子の表面に」及び本件発明(二)の構成要件Aの「その表面上に」とは、「金属酸化物や金属珪酸塩で覆われていないクロム酸鉛顔料粒子の表面に」と解すべきである。

(3) 更に、原告は、後記三1(一)において、本件明細書(一)の実施例2に開示されたものは、クロム酸鉛顔料粒子の表面にアルミナ及び酸化チタンの介在物を沈積させたものである旨主張するが、右の実施例2は、後述の6(一)のアイラー発明の内容から明らかなように、まさにアイラー発明の実施態様にすぎないのであるから、これらが本件発明(一)の技術的範囲に含まれるということはありえない。なお、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子の表面を覆っているジルコニウムオキサイドは、「PH7~11の不溶性の珪酸塩を形成する金属の酸化物又は珪酸塩からなる群から選ばれる金属化合物」(乙第九号証参照)でもあるから、いわばアイラー発明に開示されている芯材と同じである。

(4) 原告自身、本件発明(一)及び(二)とは別に、米国特願第三、九二三、五三八号(乙第二九号証)及び日本国における特許出願(特顔昭五一-三〇九三三号。乙第三七号証)において、クロム酸鉛顔料に直接シリカ被覆をするよりも耐熱性をより向上させたという、アルミナ、チタニア又はジルコニア等の金属酸化物を介在物としたシリカ被覆クロム酸鉛顔料の発明について特許出願をしているところであって、これを別発明として認識している原告が、この介在物としての金属酸化物がジルコニウムオキサイドである被告製品を本件発明(一)及び(二)の技術的範囲に属する旨主張することは許されない。

(二) クロム酸鉛顔料とシリカ被覆との結合の仕方について

原告は、前述のとおり、本件無効審判事件答弁書において、本件発明(二)の「クロム酸鉛は甲第1号証にいうシリカ・スキンと化学的に結合しうるものではない。」(同答弁書一六頁九行、一〇行。なお、右の「甲第1号証」は、前述のとおりアイラー発明の明細書を意味する。)と主張しているのであるから、右によれば、本件発明(一)及び(二)の不定形シリカは、クロム酸鉛顔料粒子と化学的に結合していないという点に特色があり、換言すれば、本件発明(一)及び(二)の不定形シリカ皮膜は、単なる物理的吸着で沈積形成されたものということができる。これに対して、被告製品は、単にクロム酸鉛顔料粒子の表面に水酸化ジルコニウムが沈積したものではなく、沈積物をろ過した後、脱水処理を行って、ジルコニウム化合物で強固に結合されたジルコニウム被覆クロム酸鉛顔料を得ることを特徴とするものであって、付着水及び結合水の一部を除くべく加熱脱水を施しているために、クロム酸鉛顔料の粒子表面にジルコニウム被覆が強固に結合された状態で存在するものであり、また、シリカは、等電点が非常に低い代表的な酸性物質であり、一方、ジルコニウムオキサイドは、等電点が非常に高い塩基性物質であるから、両者は結合しやすく、更に、クロム酸鉛顔料粒子の等電点は、それらの中間にあることからすると、結局、クロム酸鉛顔料粒子は、右二重層の一体化皮膜によってシリカ皮膜と強固に被覆結合しているものである。更にまた、ジルコニウムオキサイドと不定形シリカとについてそれぞれ赤外線吸収スペクトルや光音響分光吸収スペクトルを測定分析した結果から判断して、被告製品のジルコニウムオキサイド-シリカ皮膜は、ジルコニウムオキサイド薄層上に不定形シリカが重なった単なる積層皮膜ではなく、両者の間に反応が生じて化学的結合を伴った一体化皮膜である(乙第四四号証参照)。

(三) シリカ皮膜の実質的連続性について

原告は、電子顕微鏡写真で観察すると、遊離した不定形シリカの微粒子又は凝集塊が多数認められる状態の物(小林鑑定書(一)の添付資料3の1~5、同資料4の9~11、同資料5、同資料6)も本件発明(一)及び(二)の実施品である旨主張するものと解されるのであるから、本件発明(一)及び(二)にいう「実質的に連続した皮膜」又は「実質的に連続性の皮膜」との要件は、完全に連続した皮膜である必要はなく、「電子顕微鏡写真で観察すると、遊離した不定形シリカの微粒子又は凝集塊が多数認められる状態の物」をいうと主張するものと思われるが、被告製品のシリカ皮膜は、均一で滑らかな輪郭を有し、不定形シリカの微粒子及びその凝集魂の存在がほとんど認められない皮膜であることが、電子顕微鏡写真で確認されるのであるから、被告製品は、本件発明(一)及び(二)の「実質的に連続した皮膜」又は「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備しない。

また、原告は、本件発明(一)及び(二)にいう「実質的に連続した皮膜」又は「実質的に連続性の皮膜」の要件は、「完全に」ということではなく、一部に多少の破断が認められてもよいということである旨主張しており、実際にも、原告の本件発明(一)及び(二)の実施品は、シリカ被覆が不完全なため、シリカ皮膜の光電子分光法化学分析(ESCA)によると、芯材であるクロム酸鉛から弱い鉛の線が検出されるのであり、これが本件発明(一)及び(二)のシリカ皮膜の特徴といえるのである。これに対して、被告製品は、ジルコニウムオキサイドとシリカの皮膜がクロム酸鉛顔料の粒子表面に対して完全に被覆されているので、光電子分光法化学分析によっても鉛の線は検出されない。したがって、被告製品は、完全に連続した皮膜であるから、本件発明(一)及び(二)の「実質的に連続した皮膜」又は「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備しない。

3  本件発明(二)の構成要件Bについて

(一) 本件発明(二)の構成要件Bは、クロム酸鉛顔料粒子を無定形シリカで被覆する前に、ホモジナイザー等の剪断分散装置で処理して脱アグロメレート(破塊)し、この製造プロセスにおける特定濃度の顔料スラリーのクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを本件遠心沈降法で測定したものである。これに対して、被告製品の別紙目録の(4)記載の粒度分布は、クロム酸鉛顔料組成物の製品の粒度分布をコールターカウンターによって体積径として求めたものであって、顔料スラリーにおけるクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布とは関係のないものである。このように、本件発明(二)の構成要件Bにおける粒子サイズ分布と被告製品の別紙目録の(4)記載の粒度分布とは、測定法及び測定の対象物において全く対応関係がないから、両者を比較すること自体無意味である。

(二) 原告は、ハーバード・バルドサール外三名作成の共同宣誓供述書(甲第七号証)、ジェイムズ・エフ・ヒギンズ外五名作成の共同宣誓供述書(甲第一六号証)を援用して、被告製品は本件発明(二)の構成要件Bを充足している旨主張するが、本件発明(二)の構成要件Bと被告製品製造の際の顔料スラリーの状態にあるクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布とは、次のとおり異なる。すなわち、(1)イ 本件発明(二)の顔料スラリーと被告製品の顔料スラリーとは、顔料スラリーの濃度及び添加されている分散剤が異なる、ロ 被告製品は、クロム酸鉛顔料粒子がジルコニウムオキサイドで被覆されているから、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料粒子とは分散粒子が異なる、との二点において分散の度合を決定する要因が異なっている。また、(2)被告製品は、その製造工程において、シリカ被覆後に周知の凝集剤である硫酸アルミニウムを添加して再凝集しているから、被覆前の分散状態は完全に消失しており、被告製品からクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布を測定しても、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足していることの証明にはならない。更に、(3)原告は、シリカ被覆されたクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズが、シリカ被覆する前のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズよりも大きいことは当然であるとの仮定のもとに、被告製品のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを推定しているが、そもそも右仮定の理論は、一個の粒子を取り上げた場合には成り立ちうるけれども、顔料スラリーといった一次粒子及びその凝集体が無数混在している分散系において常に成り立つという保証はない。原告の右仮定論が成り立つとすれば、本件発明(二)の特許出願の願書に添付した図面の第2図ないし第4図においては、点線が常に実線の下に分布しなければならないのに、現に、そうなってはいない。

(三) 原告は、小林鑑定書(一)を援用して、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足していることは立証されている旨主張するが、小林鑑定書(一)には、日本化学工業株式会社研究開発部主席部員工学博士柏瀬弘之作成の「小林鑑定書の考察と批判」、「同(その2)」、「同(その3)」(乙第四一ないし第四三号証)に指摘されているように、次に述べる点に誤りがある。

(1) R.D.Cadleの前記著書によれば、本件遠心沈降法によりストークス則を用いて粒子サイズを測定する場合の試料の体積濃度は、約1容量パーセントが限度であるところ、小林鑑定書(一)が測定に用いたクロム酸鉛顔料の試料濃度は、10・7重量パーセントであり、これは、体積濃度に換算すれば2・03容量パーセントであるから、限度の二倍を越えたものとなっており、また、右試料の粒子間隔は、粒子の直径の三倍以下であるので、粒子間相互作用を無視することができないものとなっている。ストークス則は、本来、粒子間相互作用のない状態で、かつ、試料を最大限分散させた状態において、凝集していない単一粒子の大きさを測定するのでなければ成立しえないのであるから、小林鑑定書(一)の粒子サイズ測定は、基本的にストークス則を適用することができない条件での測定となっている。

(2) 顔料スラリーの分散粒子の凝集状況は、イ スラリー化されるまでの顔料粒子の処理の経歴、ロ スラリーの調整方法及び濃度、ハ 分散剤の有無、その種類及び添加量、ニ 剪断力等の分散手段の程度、ホ 分散手段付与後の経過時間等の多くの因子によって著しい影響を受けるものであるから、シリカ被覆前の顔料スラリーに剪断力が加えられても、以後の各種処理、すなわち、乾燥、粉砕工程等を経て造られたシリカ被覆顔料粉末について、本件遠心沈降法による粒子サイズ測定をしても、常に顔料製造時に加えられた剪断力が粒子サイズの差として観測されるという必然性はないし、いわんや、右の各種処理を経て製造された被告製品の粒子サイズによって、被告製品のシリカ被覆前の顔料スラリーの分散粒子の粒子サイズを論じることはできない。

(3) 小林鑑定書(一)では、クロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆した後、硫酸アルミニウムを加えているが、硫酸アルミニウムは、凝集剤であるから、シリカ被覆されたクロム酸鉛顔料粒子は速やかに凝集して沈降してしまうはずである。したがって、クロム酸鉛顔料のシリカ被覆前後の粒子サイズの相関性を確認している図-8(小林鑑定書(一)の図-8)のデータには信憑性がない。また、小林鑑定書(二)では、「上記のとおり、図-8のデータをとるために使用したシリカ被覆顔料試料からは、ろ過、水洗を繰り返すことにより、硫酸アルミニウムが除去されており、図-8のデータは、そのような硫酸アルミニウムによる影響のない状態で得られたものである(もし、硫酸アルミニウムが存在すれば、当然これらの試料の分散は悪くなると思われる。)」との記載があるが(小林鑑定書(二)一六頁)、添加した硫酸アルミニウムは、プラスに帯電した水不溶性の水酸化アルミニウムに転換して、マイナスに帯電したシリカ被覆顔料試料の粒子表面に吸着してしまうから、除去することは、もはや不可能である。

(4) クロム酸鉛顔料粒子は、放置、乾燥する間に凝集する傾向を持つので、剪断後は、できるだけ早くシリカ被覆をするべきであり、シリカ被覆後も、当然経時的変化を伴うのであるから、できるだけ早く粒子サイズの測定をしなければならないところ、小林鑑定書(一)においては、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料について乾燥、粉砕等の工程を経た後に、その粒子サイズの測定をしているのであるから、小林鑑定書(一)における粒子サイズの測定結果には信憑性がない。

(5) 小林鑑定書(一)の添付資料の電子顕微鏡写真によって粒子サイズを測定することは、十分に意味があるところ、同添付資料6の電子顕微鏡写真によれば、本件発明(一)の実施品(YC-2Bをスターラーで攪拌した後、シリカを被覆した同鑑定書における試料A、及びYC-2Bを広間隙コロイドミル(間隙二〇〇μ、同鑑定書におけるLow shear colloid mill)により剪断した後、シリカ被覆をした同鑑定書における試料B)のクロム酸鉛顔料粒子と、本件発明(二)の実施品(YC-2Bを狭間隙コロイドミル(間隙二五μ、同鑑定書におけるHigh shear colloid mill)により剪断した後、シリカ被覆をした同鑑定書における試料C)のクロム酸鉛顔料粒子とは、分散状態が同程度であり、分散手段の相違に基づく粒子サイズの差異を識別することができない。したがって、これは、同鑑定書における図-8ないし図-10の粒子サイズ分布の測定結果と矛盾するので、同鑑定書における右の粒子サイズ分布の測定結果は信用しえない。また、小林鑑定書(一)における試料A、Bに、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズを越える大きなクロム酸鉛顔料の凝集体が存在するとすれば、同鑑定書に記載された乾燥工程後の粉砕、超音波分散処理により、一部の凝集体が破壊され、小林鑑定書(一)の添付資料6の電子顕微鏡写真の中に、シリカ皮膜が剥離したクロム酸鉛顔料粒子が現れるはずであるが、これが同写真において現れていないということは、右のような大きな凝集体は、写真の視野外にも存在しないことを意味するものである。

(6) 小林鑑定書(一)では、未乾燥クロム酸鉛顔料の顔料スラリーよりも再分散性の劣る乾燥クロム酸鉛顔料(YC-2B)の顔料スラリーのみをもって論じている。しかも、同鑑定書には、高速攪拌でも分散不良である旨の記載があるにもかかわらず、同鑑定書での攪拌条件は、すべて攪拌条件の弱い一定のものであり(同鑑定書表の1)、この実験をもってしては、顔料スラリーの分散性の実態を論じるには不十分である。例えば、同鑑定書の図-6の(5)と(6)の関係が示すように、同一攪拌でも分散剤によっては、広間隙コロイドミルにより剪断した試料に匹敵する分散効果を示しているのも存在するのであるから、分散剤の最適量を使用して攪拌速度を高めれば、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布に達することは容易である。したがって、小林鑑定書(一)の図-5ないし図-7は、このように極めて限られた条件での同鑑定書固有の実験例にすぎず、このデータのみをもって、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足するか否かについて云々することはできない。

4  本件発明(二)の構成要件Cについて

原告は、本件発明(二)の構成要件Cは、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料組成物の物性を限定するものであると主張するが、右物性の要件については、その判断基準が不明である。例えば、「変色」については、一般的に、色差計によって定量的にわずかな変色度合も色差(△E)で求めることができるが、これを用いるとしても、本件発明(二)の構成要件Cについては、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液等の外部刺激に対する変色をどのような試験法に基づいて測定するかが明らかではない。また、特に「摩擦」に対する抵抗性については、どのような摩擦条件で物性を限定するのか、特に、希酸、希アルカリ、石鹸溶液と接触した際の摩擦抵抗性についてはその評価法すら明細書に記載がない。現に、原告は、原告の他の特許出願の願書添付の明細書において、「本件発明(二)の実施品は、耐熱性がよくない(例1)、著しい熱安定性の劣化を示す(例2)、例7のGでは評点2でもっとも耐熱性が悪く摩擦下の抵抗性はいずれもない。」(特公昭四六-四二七一三号特許公報。乙第七号証)旨述べているところであって、これによると、変色や摩擦に対する抵抗性の基準は不明確である。

更に、被告製品は、ジルコニウムオキサイド皮膜の均一被覆によるシリカ皮膜との親和力により、本件発明(一)及び(二)の実施品と比べ、その被覆状態は極めて滑らかであり、また、硝酸や王水(硝酸と塩酸との混酸)に対する抵抗性も、原告の本件発明(一)及び(二)の実施品よりもはるかに優れているのである。このように、被告製品の物性は、本件発明(二)の構成要件Cに規定する物性とは、実質的な差異があり、したがって、被告製品は、本件発明(一)及び(二)の実施品とは、その作用効果においても顕著な差異を有するものである。原告は、後記三3において、被告製品においては、ジルコニウムオキサイド被覆のみでは何ら化学的安定性、耐熱性を与えることはできないのであるから、被告製品が本件発明(二)と同等の化学的安定性、耐熱性を有するのは、専ら本件発明(一)及び(二)が規定している無定形シリカの皮膜に依拠するものであると主張するが、被告製品においては、クロム酸鉛顔料粒子にジルコニウムオキサイドという特異な薄層皮膜とシリカ皮膜との選択的な組合せに係る一体化された相乗的作用をもたらす被覆により、右粒子表面に強靱な保護皮膜が形成されているのである。すなわち、被告製品は、ジルコニウムオキサイドの薄層皮膜の形成に当たっては、クロム酸鉛顔料粒子の製造に際し、その結晶粒子を調整して顔料特性の優れたものにする特異な作用があるのみならず、顔料粒子及びシリカ皮膜との親和力が強大であるために、極めて強靱な一体化皮膜を形成するという作用効果を奏するのである。

5  本件発明(一)と本件発明(二)との関係について

被告製品が本件特許権(一)及び本件特許権(二)の両方を侵害することはありえない。すなわち、本件発明(一)及び本件発明(二)は、いずれもクロム酸鉛顔料粒子の表面に無定形シリカを連続性皮膜として沈着したクロム酸鉛顔料組成物についての発明であるところ、(1)無定形シリカの量が、本件発明(一)では、全重量に対し二重量パーセント以上であるのに対し、本件発明(二)では、全重量に対し二~四〇重量パーセントと上限を定めていること、(2)無定形シリカを沈着させるクロム酸鉛顔料スラリー中の顔料粒子の粒子サイズが、本件発明(一)では、規定されていないのに対し、本件発明(二)では、四・一μ以上のもの一〇パーセント以下、一・四μ以下のもの少なくとも五〇パーセントを含むものである旨規定されていることが、本件発明(一)と本件発明(二)との相違点であるが、右により明らかなように、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズは、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズよりはるかに大きい。したがって、本件発明(一)の対象物と本件発明(二)の対象物とは、同じものとはいえず、被告製品が、本件発明(一)と本件発明(二)の両方の技術的範囲に属するということはありえない。現に、原告は、本件発明(二)が出願公告された後、訴外水澤化学工業株式会社から、フランス特許第一四九五八五四号(本件発明(一)に対応するフランス特許。以下「フランス特許」という。)明細書記載の発明に基づいて本件発明(二)は極めて容易に発明をすることができたものであることを理由とする特許異議の申立てを受けたが、これに対する特許異議答弁書(乙第三号証。以下「本件特許異議答弁書」という。)において、本件発明(一)と本件発明(二)の追試を行い、粒子サイズ分布を測定した結果を明示したうえで、フランス特許の明細書記載の顔料組成物が、本件発明(二)において要求する粒子サイズ分布を有していないことは明白である旨主張し、更に、本件発明(二)の特許出願が拒絶査定された後の拒絶査定不服の審判請求の審判請求理由補充書(乙第四号証。以下「本件審判請求理由補充書」という。)において、フランス特許の明細書記載のクロム酸鉛顔料粒子は、本件発明(二)のクロム酸鉛顔料粒子よりもはるかに大きい粒子サイズを有する旨主張しているのである。また、原告は、後記三4において、本件発明(一)の構成要件Bが規定する特定のシリカ皮膜を有し、それによる作用効果を奏するものは、クロム酸鉛顔料の粒子サイズの分布のいかんを問わず、本件発明(一)の技術的範囲に属する旨主張するが、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料粒子の大きさについては、本件明細書(一)に、シリカ被覆前の顔料スラリーは、「十分な量の水の中へ、よく分散させて行う。」(本件公報(一)三頁六欄四三行)、「PH約11・1の均一な分散液が生じるまでかきまぜる。」(同八頁一五欄四三行、四四行)、「このスラリを完全に分散するまでかきまぜ」(同公報一〇頁一九欄七行、八行)とあり、また、シリカ被覆後においても、「以上の方法のいずれにおいても、このような処理の後で得られる生成物は、よく分散しており、ろ過するのが困難である。」(同四頁八欄三八行ないし四〇行)と、凝集粒子のない完全分散をすることが明記されており、他方、一般的なクロム酸鉛顔料粒子の平均粒子サイズは、少なくとも一μ以下であることが当業者の常識である。したがって、本件発明(一)の構成要件Bの「その顔料の各粒子」とは、クロム酸鉛顔料粒子の完全分散の状態を表しているのであって、その平均粒子径に依拠する一定の粒子サイズを有しているものであるから、原告が主張するように、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズは、決して無限定なものではない。

6  次の(一)ないし(四)の公知技術を斟酌すれば、本件発明(一)及び(二)の技術的範囲は、次のとおり解すべきであって、本件発明(一)及び(二)について原告が主張するような広範な技術的範囲の解釈をすることは許されない。

(一) 顔料芯材にシリカ皮膜を被覆することによって、その不浸透性が顕著となり、耐薬品性が向上するという効果が得られることは、アイラー発明の明細書から公知であった。そして、アイラー発明は、芯材として、二酸化チタン、硫化亜鉛、金属粉末等の無機顔料を示しているが、芯材としてクロム酸鉛顔料を用いることは、慣用技術である。したがって、二酸化チタン等に代え、クロム酸鉛を用いれば、これは、まさに本件発明(一)そのものである。原告は、後記三5(一)において、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明に具体的に例示されている顔料芯材とは全く異なるものである旨主張するが、アイラー発明における芯材は、その明細書に、「芯は化学的にシリカ以外の物質で構成される。シリカ皮膜の付着に対し化学的に親和性があるか、或いは以下に記する様な適当な処理により親和性のある状態にできる様なものであることが重要である。……重要なことは芯の内部はどの様な組成であっても良いが、ただ芯の表面がシリカ皮膜と反応性を有するか、或いはこれと結合させ得るものであることである。芯或は基材ないしは核はPHが7から11の間において不溶性珪酸塩を形成する金属の酸化物又は珪酸塩で被覆される。上記に合った金属としては……アルミニウム、チタン、ジルコニウム……鉛……がある。これ等金属の二種又はそれ以上の組合せも用いられる。此処で金属の酸化物と云う時その酸化物は多くの場合水溶液中で水和物となることも理解されよう。……単分子層が好ましいがその被覆は連続的である必要はない。上に述べた様な金属化合物が点在しているだけで充分である。これ等点状の金属酸化物は不定形シリカ皮膜が付着する際の金属固定点として働く。」(乙第九号証の訳文五頁一一行ないし七頁四行)と定義されているように、その内部の化学的組成は問わず、粒子の表面状態が、PH七~一一の間において不溶性珪酸塩を形成することができる金属の酸化物又は珪酸塩で被覆されているものであり、具体的には、アルミニウム、チタン、鉛等である。他方、本件明細書(一)の実施例1、2及び6においては、クロム酸鉛顔料粒子にアルミナ又は/及びチタニア(いずれも含水物)を被覆処理したものを芯材として、シリカ被覆処理をするものが開示されており、このようなクロム酸鉛顔料粒子の表面は、アルミナや酸化チタン、すなわち、PH七~一一の間において不溶性珪酸塩を形成する金属の酸化物で被覆されているものであるから、本件発明(一)におけるクロム酸鉛顔料粒子の表面には、鉛の酸化物、又はシリカ被覆処理前に必ず添加する少量の珪酸ソーダとの反応により生成する珪酸鉛が存在する、ということができる。したがって、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明における顔料芯材の典型例である。

(二) 英国特許第七三〇、一七六号(以下同特許に係る発明を「クレイ発明」という。)の明細書には、クロム酸鉛顔料粒子にシリカ皮膜を付加して耐光性を改善する技術を開発したこと、そのシリカ皮膜の形成は、二酸化珪素、水和二酸化珪素(珪酸)あるいは可溶性珪酸塩を利用し、珪酸ソーダ水溶液と酸とを反応させて、シリカを生成するということ、及び、シリカは、負に帯電した微細なコロイドであるとの指摘がある。原告は、クレイ発明のシリカ皮膜は、多孔質ゲル状皮膜である旨主張するが、クレイ発明の明細書には多孔質ゲル状シリカの記載はない。

(三) 米国特許第二、三四六、一八八号(以下同特許に係る発明を「ロバートソン発明」という。)の明細書には、顔料の耐光性向上のため顔料粒子に水不溶性シリカ化合物を均一に被覆する技術及び顔料粒子にはクロム酸鉛顔料も使用しうること、更に、被覆されるシリカは、不定形水和シリカであり、その量が全重量に対して二パーセント以上であることが開示されている。

(四) 本件発明(二)の特徴的要件である粒子の粒子サイズ分布については、顔料スラリーにホモジナイザーにより強力な剪断を加えることが本件明細書(二)において明らかにされているが、アイラー発明においては、凝集体スラリーは、シリカ被覆前に、できるだけ微細に分散させる旨を明らかにしており、いかなる粒子サイズ分布に設定するかは、単なる選択の問題又は機械の便宜上の問題にすぎないとしながらも、具体的にはコロイドミルやワーリングブレンダーのような剪断装置を開示している。また、ロバートソン発明においては、顔料スラリー中に存在する粗粒又は団塊を破壊するためにシリカ被覆処理前にコロイドミル又はペプルミル中で処理することの有利さを開示している。このように、顔料粒子の分散、剪断のためにコロイドミル、ホモジナイザーなどの装置を使用することは、業界における慣用技術である。また、クロム酸鉛顔料粒子の平均的一次粒子の粒子サイズは、小林鑑定書(一)の図-4から測定されるように、〇・三六μ程度であり、かつ、本件遠心沈降法は粒子が完全に分散されていることを前提としていると解すべきであるから、顔料スラリーの粒子サイズ分布を本件遠心沈降法で確認すれば、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズ分布になることは自明である。

(五) 以上のような公知技術によれば、本件発明(一)及び(二)について、原告が主張するような広範な技術的範囲の解釈をすることは許されないのである。

なお、本件特許権(一)については、すでに特許を無効とする旨の審決がなされていることを付言する。

7  損害について

原告が主張する実施料相当額は、異常に高額であって、当業者の常識ではありえないものである。仮に、被告製品が本件発明(二)に抵触するとしても、その実施料相当額は、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額(鑑定人須田栄吉作成の鑑定書により算出されたもの)の一〇パーセントにも満たない金額が相当であると考えられる。

また、原告は、特許法一〇二条一項の規定により、利益の額を損害の額として請求しているが、原告自身、昭和五九年にクロム酸鉛顔料についての営業を第三者に譲渡しており、それ以降、クロム酸鉛顔料についての製造販売行為をしていない。

三  被告の主張に対する原告の反論

1(一)  被告の主張2(一)について

シリカ被覆とクロム酸鉛顔料粒子との間に介在物のないことを要件とする旨の記載は、本件明細書(一)及び(二)の特許請求の範囲の項にも、発明の詳細な説明の項にも存しない。すなわち、被告が引用する「その顔料の各粒子の表面に」等の記載から、本件発明(一)及び(二)が介在物を積極的に排除していると読み取ることはできない。また、被告製品におけるジルコニウムオキサイドのような介在物は、本件発明(一)及び(二)におけるクロム酸鉛顔料粒子とシリカ被覆との間の結合をより強固にするためのものにすぎず、被告製品が本件発明(一)及び(二)の作用効果を奏するのは、シリカ被覆を有するためであって、そのことは、ラルフ・ディー・ネルソン・ジュニアの一九八四年五月二一日作成の宣言書(甲第一七号証)から明らかである。したがって、被告製品におけるジルコニウムオキサイドのような介在物の存在は、前一5(一)(2)、同(二)(1)のとおり、単なる付加にすぎないのである。また、本件明細書(一)の発明の詳細な説明の項の実施例2においては、クロム酸鉛を生成させた後、シリカ被覆を行う前に、「硫酸アルミニウム[Al2(SO4)3・18H2O]16部と水90部とから成る溶液を加え、約2分後、さらにTio23・4部に相当する硫酸チタニルを水50部に溶かしたものを加える。短時間かきまぜた後、炭酸ナトリウム28部と水280部から成る溶液を加えてPHを6・0に調節する。次にこのようにして得た懸濁液をろ過し、可溶性塩が無くなるまで洗浄する。」という操作を加えることが記載されているが(本件公報(一)七頁一四欄三六行ないし四四行)、この処理は、シリカ被覆前にクロム酸鉛顔料の表面にアルミナ及び酸化チタンを沈着させるものであって、右実施例は、本件発明(一)及び(二)が、シリカ被覆とクロム酸鉛顔料粒子との間に介在物があるものを含んでいることを明瞭に開示している。また、被告は、原告が本件無効審判事件答弁書において述べたことから、本件発明(一)及び(二)のクロム酸鉛顔料粒子の表面は、金属酸化物や金属珪酸塩で覆われていないものである旨主張するが、原告が右答弁書において述べたことは、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明の芯材として開示されていないばかりでなく、アイラー発明において開示されたところからは、芯材としてクロム酸鉛顔料の使用を予測することは不可能であるということである。したがって、原告の右答弁書における主張は、被告のような立論の根拠となりえないことが明らかである。

(二)  同2(二)について

原告は、本件無効審判事件答弁書において、クロム酸鉛顔料粒子自体は、シリカ・スキンと化学的に結合しうるものではないから、アイラー発明に開示された芯材には該当しないと述べたにすぎない。したがって、右答弁書に被告主張のような記載があったとしても、本件発明(一)及び(二)のシリカ皮膜とクロム酸鉛顔料粒子との結合が、物理的結合に限り、化学的結合の場合を排除していることにならないのは当然である。

(三)  同2(三)について

本件発明(一)の構成要件Bの「実質的に連続した皮膜」及び本件発明(二)の構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」とは、完全である必要はなく、一部に多少の粒子や破断が認められるような皮膜を包含するが、完全な皮膜を除外するものではないことは当然であるから、被告の主張は、論外である。

2(一)  被告の主張3(一)について

本件発明(二)の構成要件Bは、顔料スラリー中のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布を定めたものであるが、本件発明(二)においては、そのクロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆するのであるから、まさに最終製品の芯材たるクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布を規定しているのと同じことであり、被告の主張は、失当である。

(二)  同3(二)について

同3(二)の被告の主張のうち、(1)イについては、本件発明(二)にいう顔料スラリーは、特定の濃度、分散剤に限定されるものではないから、被告の主張は、この点において理由がない。また、(1)ロについては、被告製品がジルコニウムオキサイドでクロム酸鉛顔料粒子を被覆したものであっても、分散粒子としてクロム酸鉛顔料粒子だけのものと比較することができないほど粒子サイズが異なるわけではない。更に、仮に被告製品のクロム酸鉛顔料粒子がジルコニウムオキサイドの分だけ粒子として大きくなったとしても、それが本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布の要件を満たすのであれば、それよりも小さいクロム酸鉛顔料粒子が右粒子サイズ分布の要件を満たすことは明白である。更にまた、同(2)についても、再凝集して粒子サイズが大きくなった後でも、改めて分散させてシリカ被覆前の状態を再現することができるのであるから、被告の主張は、失当である。また、同(3)の被告の主張も、失当である。すなわち、本件発明(二)の特許出願の願書に添付した図面の第2図5A及び5Bや第4図7A及び7Bにおいて実線と破線が逆転した理由は、クロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆する場合、被覆のために使用したシリカの一部がクロム酸鉛顔料粒子の表面に皮膜として堆積することなく、遊離シリカとして析出、沈着することがありうるが、本件遠心沈降法に従ってこのようなシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを測定する場合、析出、沈着した遊離シリカがクロム酸鉛顔料粒子と分離し、遠心分離管の上澄液中に混入する可能性があり、かつ、遊離シリカの密度は、シリカ被覆クロム酸鉛顔料粒子の密度よりかなり小さいことによるものと思われる。しかしながら、このような遊離シリカの量は、クロム酸鉛顔料粒子全体に比べると極めて少量であるから、右遊離シリカによる粒子サイズの誤差は、本件遠心沈降法による粒子サイズの測定結果にそれ程大きな影響を与えるものではない。

(三)  同3(三)について

小林鑑定書(一)においては、剪断によって分散されたクロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆したうえで、乾燥させたものを再び分散させ、しかも、分散によってシリカ皮膜に破断が生じていないこと、すなわち、元の粒子以上に細かくなっていないことを確認し、それを測定して元のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布を判断しているのであるから、被告の3(三)(3)、(4)の主張は、理由がない。

3  被告の主張4について

被告は、被告製品が本件発明(一)及び(二)の実施品よりも優れた作用効果を奏する旨主張するが、被告製品が本件発明(一)及び(二)の実施品が奏する効果を奏するうえに、更にその主張するような作用効果を奏するとしても、そのことは、被告製品の構成に係る発明について利用特許が成立しうることの根拠となりうるだけであって、被告製品が本件発明(一)及び(二)の技術的範囲に属することを否定しうるものではない。また、被告製品においては、ジルコニウムオキサイド被覆のみでは何ら化学的安定性、耐熱性を与えることはできないのであるから、被告製品が本件発明(二)と同等の化学的安定性、耐熱性を有するのは、専ら本件発明(一)及び(二)が規定している無定形シリカの皮膜に依拠するものであることは明らかである(甲第一七号証参照)。

4  被告の主張5について

被告製品は、本件特許権(一)を侵害するとともに、本件特許権(二)をも侵害するものである。すなわち、本件発明(一)は、クロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズとは無関係のものであるのに対し、本件発明(二)は、本件発明(一)のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを「四・一μ以上のもの一〇パーセント以下及び一・四μ以下のもの少なくとも五〇パーセント」とした点に特徴があり、本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明に該当するものである。被告は、本件発明(二)についての本件特許異議答弁書における原告の主張について述べるが、原告は、右答弁書において、フランス特許の明細書の例1と本件明細書(二)の例5の追試を行って、その結果から、フランス特許の明細書記載の顔料生成物が本件発明(二)において要求する粒子サイズ分布を有しないことは明らかである旨述べたのであり、右答弁書で比較の対象としたものは、フランス特許の明細書の例1の顔料生成物であって、フランス特許と対応する本件発明(一)には、本件発明(二)の粒子サイズのものは包含されないなどと述べたものではない。また、原告が、本件審判請求理由補充書において、フランス特許の明細書記載の顔料粒子は本件発明(二)の顔料粒子よりもはるかに大きい粒子サイズを有する旨述べたのも、フランス特許の明細書の例1と本件発明(二)の顔料粒子との粒子サイズの比較に基づいて述べたものであって、本件発明(一)の顔料粒子がフランス特許の例1のような大きい粒子サイズのものに限定される旨述べたものではない。

また、Aを特徴とする発明とAを排斥しBを特徴とする発明のように、相排斥し合う技術的範囲の発明の場合には、一つの具体的なものに対して重複して技術的範囲が及ぶことはありえないが、技術的思想の成立する次元ないし場面を異にする発明の場合は、一つの具体的なものに対して重複して技術的範囲が及ぶことがあるのは、当然のことである。本件についていえば、本件発明(一)の構成要件Bが規定する特定のシリカ皮膜を有し、それによる作用効果を奏するものは、クロム酸鉛顔料の粒子サイズの分布のいかんを問わず、本件発明(一)の技術的範囲に属するのであって、クロム酸鉛顔料の粒子サイズの特定のものについて、本件発明(一)の明細書に記載がないため、後願発明の対象となったとしても、本件発明(一)の技術的範囲が狭くなることはない。そして、本件発明(一)の構成要件に該当するものについて、本件発明(一)の明細書に開示されていない要件を加えることによって、本件発明(一)に具体的に開示されたものが有しない格別の作用効果を奏することとなる場合に、新たな要件が付加された本件発明(二)が成立するのは、当然の事理である。したがって、本件発明(二)の対象物は、本件発明(二)の技術的範囲に属すると同時に、本件発明(一)の技術的範囲に属するのであり、このようなことは、改良発明の場合に通常生じうることである。

5(一)  被告の主張6(一)について

アイラー発明においては、顔料芯材にシリカを被覆することが開示されているとしても、顔料芯材としては、クロム酸鉛顔料について何ら記載も示唆もされていないのみならず、次に述べるとおり、クロム酸鉛顔料は、アイラー発明に具体的に例示されている顔料芯材とは全く異なるものである。すなわち、本件発明(一)の優先権主張日前の技術水準においては、クロム酸鉛顔料は、アルカリに対する抵抗性がなく、容易に変色することが公知となっていたから、アイラー発明や本件発明(一)の明細書に開示されているようなPH八~一一のような強いアルカリ性条件下で、かつ、六〇~一二五℃のような加温下に、三時間以上の長時間クロム酸鉛顔料を保持するなどということは、当業者にとって到底考えられなかったことである。したがって、アイラー発明に具体的に記載された顔料芯材をクロム酸鉛顔料に代えるなどということは、本件発明(一)の優先権主張日前には全く考えられなかったことであるから、被告の「二酸化チタン等に代え、クロム酸鉛を用いれば、これは、まさに本件発明(一)そのものである。」との主張は、成り立ちえない。また、アイラー発明の皮膜をクロム酸鉛顔料に適用すると耐熱性の改善がなされるということも全く知られていなかったのである。

(二)  同6(二)について

本件発明(一)に従いクロム酸鉛顔料の表面に緻密な無定型シリカの実質的に連続した皮膜を施すには、本件明細書(一)に示されているように、少なくともPHが六以上、好ましくは九・〇以上のアルカリ性条件下に、少なくとも六〇℃以上という特定の条件でシリカを活性シリカとして施すことが重要である。これに対して、クレイ発明においては、クロム酸鉛顔料は、PHが約一・六という酸性条件下で珪酸と接触させており、このような条件下では、多孔質ゲル状シリカがクロム酸鉛顔料の表面に析出するのみであって、本件発明(一)のような緻密な無定形シリカの実質的に連続した皮膜を形成することは不可能である。

(三)  同6(三)について

ロバートソン発明においては、水に不溶性の不定形水和シリカ、すなわち、水不溶性のシリカゲルを顔料粒子上に沈積させる方法が開示されているだけであって、本件発明(一)のような緻密な無定形シリカの実質的に連続した皮膜を顔料粒子の表面に形成させることについては、何ら記載も示唆もされていない。

(四)  同6(四)について

コロイドミルやホモジナイザー等の装置が顔料技術で普通に用いられる装置であることは、原告も否定するものではないが、本件発明(二)で重要なことは、顔料スラリーの処理のためにコロイドミルやホモジナイザーを使用すること自体にあるのではなく、シリカを沈着させる前に、スラリー中のクロム酸鉛顔料粒子に強力な剪断力を加え、それによって顔料粒子を特定の粒子サイズ、すなわち、四・一μ以上の粒子を一〇パーセント以下、一・四μ以下の粒子を少なくとも五〇パーセント以上にし、そのうえでシリカ被覆をすることにあり、このような目的のために、コロイドミルやホモジナイザー等の装置を特定の条件に設定して使用することは、従来全く知られていなかったことである。また、クロム酸鉛顔料粒子の平均的一次粒子の粒子サイズが〇・三六μであったとしても、一次粒子の凝集体を極めて多数含有する通常のクロム酸鉛顔料の粒子サイズ分布を、本件発明(二)の構成要件Bの定める粒子サイズ分布にすること、特に、そのような特定の粒子サイズ分布とした後に、シリカ被覆をすることは、公知であったとはいえない。

(五)  以上のとおり、アイラー発明及びロバートソン発明等の被告が提示したいずれの公知文献にも、本件発明(一)及び(二)の重要な特徴については、全く記載も示唆もされていない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  原告が本件特許権(一)及び(二)を有していたこと、本件明細書(一)及び(二)の特許請求の範囲の記載及び本件発明(一)及び(二)の構成要件が原告主張のとおりであること、並びに被告が昭和五三年一月一日から同六一年三月末日までの間、被告製品を製造販売したことは、当事者間に争いがない。

二  被告製品が本件発明(二)の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  本件発明(二)の目的及び構成の概要

〈証拠〉によれば、(1)本件発明(二)は、ペイント及びプラスチック等に使用するクロム酸鉛顔料の改良に関するものであるところ、従前からの技術としては、本件明細書(一)において緻密な無定形シリカ又は無定形シリカとアルミナで被覆したクロム酸鉛顔料が記載されているが、このような顔料は、光、熱及び化学的作用に対して優れた特性を示すものの、液体媒質中で摩擦作用が加えられたときに、その耐光性、耐熱性及び化学的安定性をかなり失うという欠点があり、しかも、その原因が明らかではなかったこと、(2)本件発明(二)は、右の原因が、例えば、ポリエチレン等の合成樹脂の着色にクロム酸鉛顔料を使用する場合に、クロム酸鉛顔料と合成樹脂との混合物をリボンブレンダー、バンブリミキサー等により均質になるまで激しくかき混ぜる工程における激しい摩擦作用により、シリカが被覆されていたクロム酸鉛顔料粒子の凝集体が破壊され、それによりシリカが被覆されていないクロム酸鉛顔料粒子の表面が露出することにあるとの知見に基づき、クロム酸鉛顔料にシリカを被覆する前に、液体スラリーの状態にあるクロム酸鉛顔料をコロイドミルやホモジナイザー等により強力に剪断し、これによりクロム酸鉛顔料粒子の凝集体を破壊して、同粒子を本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定している粒子サイズ分布になるように加工し、その後できるだけ早くシリカ被覆をすることによって、前記のような摩擦作用によるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の凝集体の破壊の結果生じる同顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下を阻止するという構成の発明であること、(3)本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であって、その構成要件Aにおいて、クロム酸鉛顔料の表面に、全重量に対し約二~四〇重量パーセントの緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜として沈着させるという、本件発明(一)とほぼ同一の構成を規定し、その構成要件Bにおいて、前一の争いのない事実のとおりクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズ分布について定め、その構成要件Cにおいて、本件発明(二)の改良クロム酸鉛顔料が、耐光性、耐熱性、化学的安定性及び摩擦に対し抵抗性を持つことを定めていること、以上の事実が認められる。

2  本件発明(二)の構成要件Aと被告製品の構造との対比

本件発明(二)の構成要件Aは、前一の争いのない事実によると、「全重量に基づき約二~四〇重量パーセントの緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させた」というものであるところ、右の「緻密な無定形シリカ」、「実質的に連続性の皮膜」の意味について審究するに、(1)本件発明(二)が本件発明(一)の改良発明であり、本件発明(二)の構成要件Aが、本件発明(一)の構成要件Bと対応したものであることは、前一の争いのない事実及び前二1認定の事実から明らかであるから、まず、本件発明(一)の構成要件Bについてみるに、前掲〈証拠〉によれば、本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な不定形シリカ」、「実質的に連続した皮膜」の構成について、本件明細書(一)には、「本発明の顔料に適用するシリカ膜は、濃密な不定形連続性皮膜である。この特性は、X線回折または電子顕微鏡によって確認される。分析および製造法に基づいてシリカが存在することはわかるが、どのような形状の結晶性シリカのライン特性もX線回折によって示されなかった。このことから、存在するシリカは不定形であることがわかる。電子顕微鏡により、前記の皮膜中に粒子が存在する証拠、および皮膜が破断している証拠は認められなかった。このことから、この皮膜は連続性で濃密であることがわかる。この濃密度は、またこれまで知られているシリカゲルで被覆した顔料と対比させることができる。この既知の顔料は、電子顕微鏡はもちろん普通の顕微鏡で観察してさえも、被覆層が多孔質でかさ張った性質を持つことがわかる。本発明のもう一つの重要な性質は、多くの外部物質に対しての不通気性度が大きいことである。この事実によっても、本発明の濃密で連続性の皮膜と、従来の多孔質ゲル状皮膜とを区別することができる。」(本件公報(一)三頁五欄二七行ないし六欄二行)と記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、本件発明(一)の「不定形シリカ」とは、X線回折によって結晶性シリカのライン特性がみられないものであること、また、本件発明(一)の「濃密な不定形シリカ」の皮膜とは、電子顕微鏡により観察して、シリカ皮膜中に粒子が存在しないものであって、従来の多孔質でかさ張った性質を持った多孔質ゲル状皮膜とは異なるものであること、更に、本件発明(一)の「実質的に連続した皮膜」とは、電子顕微鏡により観察して、皮膜の破断がほとんど認められないものであると認められる。また、(2)本件発明(一)の構成要件Bと本件発明(二)の構成要件Aとを比較すると、本件発明(一)の構成要件Bの「濃密な不定形シリカ」との文言と本件発明(二)の構成要件Aの「緻密な無定形シリカ」との文言がそれぞれ対応しているものの、それらは、全く同一の文言ではないので、その意味するところが全く同じであるか否かについて念のために検討するに、〈証拠〉によれば、本件明細書(一)の発明の詳細な説明の項には、「本発明は特にその表面上に実質的に連続した塗膜として……濃密な無定形シリカを持ったクロム酸鉛顔料粒子から本質的に成っている」(本件公報(一)一頁一欄二四行ないし二八行)、「本発明の改良シリカ被覆顔料は……粒子の表面にシリカを沈積させ、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜を形成させることによって製造することができる。」(同二頁三欄一一行ないし一六行)、「本発明の顔料に使用するシリカ膜は、濃密な不定形連続性皮膜である。」(同三頁五欄二七行、二八行)と記載され、また、本件明細書(二)には、「米国特許第3370971号の発明と同じように、本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーチングで包むことによって得られる。」(本件公報(二)二頁三欄一五行ないし一八行)と記載されており、そして、右米国特許第3370971号とは、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国出願に係る米国特許であること、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、本件明細書(一)においては、「無定形シリカ」と「不定形シリカ」の用語を全く同じ意味の用語として使用していること、また、本件明細書(二)においては、本件明細書(一)の「濃密な不定形(無定形)シリカ」と全く同じ意味で「緻密な無定形シリカ」との文言を使用していることが認められる。そうすると、本件発明(二)の構成要件Aの「無定形シリカ」とは、X線回折によって結晶性シリカのライン特性がみられないものであり、また、「緻密な無定形シリカ」の皮膜とは、電子顕微鏡により観察して、シリカ皮膜中に粒子が存在しないものであって、従来の多孔質でかさ張った性質を持った多孔質ゲル状皮膜とは異なるものであること、更に、「実質的に連続性の皮膜」とは、電子顕微鏡により観察して、皮膜の破断がほとんど認められないものであると認められる。

これに対して、被告製品は、別紙目録によれば、同目録の(1)ないし(3)記載のとおり、クロム酸鉛顔料並びに〇・七~一・二パーセントのジルコニウムオキサイド、〇・八~一・八パーセントのアルミナ及び一八~二二パーセントの不定形シリカから成るクロム酸鉛顔料組成物であって(右の「パーセント」は、組成物を一〇〇としたときの無水酸化物換算の各化合物の重量比を示す。被告製品につき以下同じ。)、右組成物は、クロム酸鉛顔料粒子の表面に沈積されたジルコニウムオキサイドを有し、更に、右顔料粒子上のジルコニウムオキサイドが沈積された表面は、アルミナを含む不定形シリカの皮膜で覆われていて、右皮膜は、電子顕微鏡写真の観察によって、均一で滑らかな輪郭を有し、シリカの微粒子及びその不定形凝集塊の存在がほとんど認められないものであるところ、第一に、被告製品の「一八~二二パーセントの不定形シリカ」の構造が、本件発明(二)の構成要件Aの「全重量に基づき約二~四〇重量パーセントの……無定形シリカ」の構成を具備することは明らかである(前述のとおり、被告製品における「パーセント」は、全重量に対する割合を表す。)。また、第二に、被告製品の不定形シリカの皮膜は、前記のとおり、電子顕微鏡写真の観察によって、シリカの微粒子及びその不定形凝集塊の存在がほとんど認められないものであるから、本件発明(二)の構成要件Aの「緻密な無定形シリカ」の構成を具備するものであり、また、被告製品のシリカ皮膜は、前記のとおり、「電子顕微鏡写真の観察によって、均一で滑らかな論郭を有し」ており、そして、電子顕微鏡でみて、ほとんど破断のないものであることは、〈証拠〉(小林鑑定書(一)、特に同鑑定書添付の試料3及び7の写真)によって認められるから、本件発明(二)の構成要件Aの「実質的に連続性の皮膜」の構成も具備するものであると認められる。第三に、被告製品は、前述のとおり、クロム酸鉛顔料粒子の表面をアルミナを含む不定形シリカの皮膜が覆っているのであるが、前掲甲第五、第六号証によれば、本件明細書(二)には、「このコーチングのち密な無定形シリカは、所望によりアルミナと併用することもできる。」(本件公報(二)二頁三欄二六行ないし二八行)と記載されていることが認められ、したがって、本件発明(二)の無定形シリカ皮膜は、アルミナと併用することもできるのであるから、被告製品がアルミナを含んでいるとの点は、被告製品が本件発明(二)の構成要件Aを充足することの妨げとなるものではない。

次に、被告は、被告の主張2(一)において、本件発明(二)の構成要件Aは、クロム酸鉛顔料粒子の表面を直接不定形シリカで被覆し、その間に介在物のないことを必須の要件とするのに対し、被告製品では、クロム酸鉛顔料粒子の表面を直接被覆しているのは、ジルコニウムオキサイド皮膜であって、不定形シリカの皮膜ではないので、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Aを充足しない旨主張するので、検討するに、〈証拠〉によれば、本件明細書(一)には、クロム酸鉛顔料は、「熱可塑性樹脂中で用いると、約210℃以上の温度で著しく黒変し、この傾向は温度の増加と共に大きくなる」(本件公報(一)一頁二欄二四行ないし二六行)、「化学的な汚れ、特に石けんやアルカリと接触して生じるはん点および大気中の硫化物臭による変色のために、クロム酸鉛顔料は高級自動車製品に用いることができない。」(同一頁二欄三五行ないし三八行)との欠点があるので、「本発明者は研究の結果、クロム酸鉛顔料粒子を、生成物の全重量あたり少なくとも約2パーセントの濃密な無定形シリカで被覆することにより、前述したようなクロム酸鉛顔料の欠点を除き、黒変および変色に対し非常に安定な顔料を得ることができるということを知った。」(同二頁三欄三行ないし八行)、「本発明の改良シリカ被覆顔料は……粒子の表面にシリカを沈積させ、濃密な無定形シリカの連続的な皮膜を形成させることによって製造することができる。この皮膜の存在により、クロム酸鉛顔料の性質が改良される。」(同二頁三欄一一行ないし一七行)と記載されていることが認められ、また、〈証拠〉によれば、本件明細書(二)には、「米国特許第3370971号の発明と同じように、本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーチングで包むことによって得られる。このコーチングはクロム酸自体よりも大きい耐薬品性および耐熱性をもっている。このものはクロム酸鉛を効果的に封入し、それと酸や硫化物のような薬品との好ましくない反応を防止する。……本発明において、被覆加工の効果をできるだけ確実にするために、コーチング材料がその上に沈着する前に被覆しようとする粉状の着色材料のスラリに強力なセン断を加えて、顔料のクラスターや凝集体をよく分散させる。このようにすると、コーチングに摩擦作用が加わる条件のもとで顔料を加工したときに、コーチングの保護効果の低下をあまり生じない生成物が得られる。」(本件公報(二)二頁三欄一五行ないし三六行)と記載されていることが認められるが、右認定の事実によれば、本件発明(一)及び(二)においてクロム酸鉛顔料粒子の表面に無定形シリカを被覆する目的は、クロム酸鉛顔料粒子の表面を緻密な実質的に連続性の無定形シリカ皮膜で保護して、クロム酸鉛顔料粒子の耐薬品性、耐熱性等を向上させることにあり、このような本件発明(一)及び(二)の目的に照らせば、本件発明(二)の構成要件Aの「無定形シリカを……皮膜としてその(クロム酸鉛顔料粒子の)表面上に沈着させた」との構成は、クロム酸鉛顔料粒子の表面を無定形シリカの皮膜で保護することにあると認められるから、被告製品のようにクロム酸鉛顔料粒子の表面を直接シリカ皮膜で覆うのではなく、ジルコニウムオキサイドを沈積したうえでシリカ皮膜で覆うものであっても、本件発明(二)の構成要件Aの右構成を具備するものというべきである。現に、〈証拠〉によれば、本件明細書(一)の発明の詳細な説明の項に、実施例2として、クロム酸鉛を生成させた後、シリカ被覆を行う前に、「硫酸アルミニウム[Al2(SO4)3・18H2O]16部と水90部とから成る溶液を加え、約2分後、さらにTio23・4部に相当する硫酸チタニルを水50部に溶かしたものを加える。短時間かきまぜた後、炭酸ナトリウム28部と水280部から成る溶液を加えてPHを6・0に調節する。次にこのようにして得た懸濁液をろ過し、可溶性塩が無くなるまで洗浄する。」(本件公報(一)七頁一四欄三六行ないし四四行)という操作を加えることが記載されていることが認められるが、この処理は、クロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆する前に、クロム酸鉛顔料粒子の表面にアルミナ及び酸化チタンを沈着させるものであって、右実施例は、本件発明(一)が、シリカ皮膜とクロム酸鉛顔料粒子との間に介在物があるものをも含んでいることを明瞭に開示しているものであり、そして、本件発明(一)と本件発明(二)との前1認定の関係に照らすと、本件発明(二)も、当然に右のような介在物がある構造のものも含んでいると解すべきである。したがって、クロム酸鉛顔料粒子の表面にジルコニウムオキサイドを沈積し、その表面を不定形シリカで被覆する被告製品の構造は、本件発明(二)の構成要件Aの「無定形シリカを……皮膜としてその表面上に沈着させた」との構成に含まれるものと認められる。被告は、この点についての前記主張の根拠として、(1)本件明細書(一)及び(二)では、特許請求の範囲の項においても、発明の詳細な説明の項の多数箇所においても、「クロム酸鉛顔料粒子の表面にシリカを被覆する」旨の記載があり、アルミナがある場合でも、「アルミナはシリカコーチング上に沈着させる」旨の記載があること、(2)原告の本件無効審判事件答弁書における主張からすれば、原告は、本件発明(一)及び(二)のクロム酸鉛顔料粒子の表面は、金属酸化物や金属珪酸塩で覆われていないものであるとしていること、(3)原告が主張する本件発明(一)の実施例2は、アイラー発明の実施態様というべきであるから、本件発明(一)の実施例と考えることはできないこと、(4)原告は、被告製品のようにクロム酸鉛顔料粒子とシリカ皮膜との間に介在物をおく構成のものについて、別途特許出願しており、このようなものについて、本件発明(一)及び(二)の技術的範囲に属する旨主張することは許されないことを主張するので、この点について検討する。(1)右(1)の主張について 「クロム酸鉛顔料粒子の表面に」との記載の意味を被告の主張のように「クロム酸鉛顔料粒子の表面に直接」という意味に解すべきでないことは、右に説示した本件発明(一)の目的及び本件明細書(一)の実施例2の存在並びに本件明細書(一)及び(二)には「クロム酸鉛顔料粒子の表面に直接シリカ被覆をする」との記載は存しないこと(この事実は、〈証拠〉により認められる。)から明らかである。(2)右(2)の主張について 原告がその主張において引用し、被告が原告引用のものであることについて明らかに争わない本件記録中の昭和五九年五月二六日付原告第五準備書面添付の原告作成名義の昭和五八年三月一五日付審判事件答弁書(本件無効審判事件答弁書)によれば、本件特許権(二)に対する無効審判請求事件において、原告が「〈証拠〉(注-アイラー発明の明細書をいう。本項において以下同じ。)のクレーム1~3等においてはすべて、コア材は「PH7~11の不溶性のケイ酸塩を形成する金属の酸化物又はケイ酸塩から成る群から選ばれる金属化合物を表面に有するもの」に限定されているのである。クロム酸鉛は、〈証拠〉に典型的なコア材として記載されている前記金属粉末、金属酸化物、金属水酸化物又は金属のケイ酸塩のいずれに該当するものでもないし、まして天然ケイ酸塩鉱物とも全く異なることはいうまでもないことであり、さらに〈証拠〉クレーム1~3等に記載されているPH7~11で不溶性ケイ酸塩を形成する金属酸化物又は金属ケイ酸塩を表面に有するものでもない。従って、クロム酸鉛は単に〈証拠〉に記載されていないというだけでなく、〈証拠〉に典型的なものとして具体的に例示され、かつそのクレームで特定されているコア材とは全く異質のものであることが明らかである。……〈証拠〉の方法でコア材として使用しうるものは、その表面がシリカ・スキンと少なくとも化学的に反応しうるものであるか、このように処理されているものであることが重要な要件となっているのであって、このために該コア材はPH7~11で不溶性のケイ酸塩を形成する金属の酸化物又はケイ酸塩で覆われているものであることが明らかにされているのである。しかるに、クロム酸鉛顔料の表面は〈証拠〉に記載されているように金属の酸化物や金属のケイ酸塩で覆われているものではないから、クロム酸鉛は〈証拠〉にいうシリカ・スキンと化学的に結合しうるものではない。従って、以上の理由によっても、本件特許発明で用いられるクロム酸鉛顔料は〈証拠〉に開示されているコア材とは全く相違するものであることは極めて明らかである。」(同答弁書一四頁四行ないし一六頁一三行)と主張していることが認められるが、右記載によれば、原告は、右答弁書においては、単に、クロム酸鉛がアイラー発明の芯材として開示されたものとは異なり、また、クロム酸鉛自体は、その表面を金属酸化物あるいは金属の珪酸塩で覆ったものでもないのであるから、本件発明(一)及び(二)でいうクロム酸鉛顔料は、アイラー発明における芯材とは全く異なるものである旨主張したにすぎないものと認められる。したがって、本件発明(一)は、前認定のとおり、クロム酸鉛顔料の表面を濃密な不定形シリカの実質的に連続した皮膜で覆うとの構成であり、その実施例の一つとして、クロム酸鉛顔料粒子の表面を濃密な不定形シリカの実質的に連続した皮膜で覆う前に、金属の酸化物である酸化チタンで覆うとの構成のものがあると解しても、右実施例の存在は、原告の右答弁書における主張と直ちに矛盾するものではないというべきである。また、仮に、原告の右答弁書における主張が右実施例2と矛盾するものであると解する余地があるとしても、本項及び前1で認定した本件発明(一)及び(二)の目的及び構成並びに実施例2が本件明細書(一)にあくまで本件発明(一)の実施例として明記されていることに照らせば、右答弁書に右のような記載があるからといって、クロム酸鉛顔料粒子の表面を金属酸化物又は金属珪酸塩で覆ったものを本件発明(一)及び(二)の技術的範囲から除外して考えるべきであると解するのは相当ではない。(3)右(3)の主張について 仮に本件発明(一)の実施例2がアイラー発明の実施態様に包含されるものであるとしても、そのことによって本件明細書(一)に本件発明(一)の実施例として明記されているものが本件発明(一)の実施例とは解しえなくなるとの法律的な根拠が不明であるばかりか、右実施例2がアイラー発明の実施態様に包含されることを認めるに足りる証拠はない。かえって、〈証拠〉によれば、アイラー発明の明細書には、濃密な不定形シリカを被覆する芯材として数多くの芯材が開示されているにもかかわらず、アイラー発明の特許出願時には既に周知な顔料であったクロム酸鉛が具体的に開示されていないこと及び右当時クロム酸鉛顔料をアイラー発明に開示されているようなアルカリ性の条件下で処理してシリカを被覆することは、クロム酸鉛顔料の変色を生ぜしめるため、同顔料について一般的に認められた処理方法ではなかったことが認められ、右認定の事実によれば、クロム酸鉛顔料を芯材とする本件発明(一)の実施例2そのものをアイラー発明の実施態様に含まれるものと解することは困難であるというべきである。(4)右(4)の主張について 本件発明(一)又は(二)の技術的範囲に属する構成のものに更にその他の構成を付加したものについて利用発明として別途特許出願をすることがありうることは、特に説明を要しないところである。したがって、被告の右(1)ないし(4)の主張は、採用することができない。

また、被告は、被告の主張2(二)において、原告の本件無効審判事件答弁書における本件発明(二)についての記載から、本件発明(一)及び(二)におけるクロム酸鉛顔料粒子は、無定形シリカ皮膜と化学的に結合していない点に特色があるのに対し、被告製品におけるジルコニウムオキサイド-シリカ皮膜は、化学的結合を伴った一体化皮膜である旨主張するが、前示本件無効審判事件答弁書の記載によれば、原告は、同答弁書において、クロム酸鉛顔料の表面は、金属の酸化物や金属の珪酸塩で覆われているものではないから、シリカ皮膜と化学的に結合しうるものではなく、したがって、アイラー発明における芯材とは相違する旨述べているにすぎず、本件発明(一)及び(二)のクロム酸鉛顔料と無定形シリカの皮膜との結合は、物理的結合に限られ、化学的結合のものは除外される旨述べたものではないことが認められ、また、〈証拠〉によれば、本件明細書(一)及び(二)には、本件発明(一)及び(二)におけるクロム酸鉛顔料と無定形シリカ皮膜との結合は、物理的結合に限られ、化学的結合のものは含まないことを示唆するような記載は存しないことが認められる。したがって、被告の右主張も、採用の限りでない。

更に、被告は、被告の主張2(三)において、本件発明(二)の「実質的に連続性の皮膜」の構成は、電子顕微鏡写真で観察すると、遊離した不定形シリカの微粒子又は凝集塊が多数認められる状態のものをいうのに対し、被告製品のシリカ皮膜は、電子顕微鏡写真で観察しても、不定形シリカの微粒子及びその凝集塊の存在がほとんど認められないものであるから、被告製品は、本件発明(二)の「実質的に連続性の皮膜」の構成を具備しない旨主張するが、本件発明(二)の「実質的に連続性の皮膜」の構成の技術内容は、前認定のとおりであるから、被告の右主張は、採用することができない。また、被告は、原告の本件発明(一)及び(二)の実施品は、シリカ被覆が不完全なため、シリカ皮膜の光電子分光法化学分析(ESCA)によると、芯材であるクロム酸鉛から弱い鉛の線が検出されるのであり、これが本件発明(一)及び(二)のシリカ皮膜の特徴といえるのに対し、被告製品は、ジルコニウムオキサイドとシリカの皮膜がクロム酸鉛顔料の粒子表面に対して完全に被覆されているので、光電子分光法化学分析によっても鉛の線は検出されない完全に連続した皮膜であるから、本件発明(一)及び(二)の「実質的に連続した皮膜」の構成を具備しない旨主張するが、本件発明(二)の構成要件Aにおいて「実質的に」と規定した趣旨は、シリカ皮膜が完全に連続している皮膜であることまでは必要ではないということであって、完全に連続しているシリカ皮膜を排除しているものではないことは、前認定の事実及び〈証拠〉から明らかであり、したがって、被告の右主張も、採用の限りでない。

以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Aを充足するものと認められる。

3  本件発明(二)の構成要件Bと被告製品の構造との対比

本件発明(二)の構成要件Bは、前一の争いのない事実によると、「顔料スラリーの遠心分離処理を含む粒子サイズ分布測定法により測定して、それぞれ粉末度四・一μ以上のもの一〇パーセント以下及び粉末度一・四μ以下のもの少なくとも五〇パーセントを含むクロム酸鉛顔料粒子から実質的に成り」というものであるところ、〈証拠〉によれば、小林鑑定書(一)においては、(1)被告製品は、シリカ被覆後、乾燥等の処理工程を経ることにより、シリカ被覆クロム酸鉛顔料同士が更に凝集しているおそれがあるため、これを別紙(三)記載の条件で超音波分散処理をして、クロム酸鉛顔料粒子を十分にときほぐしたうえで、本件遠心沈降法によりその粒子サイズを測定すると、右粒子サイズは、別紙図-11、図-12(小林鑑定書(一)の図-11、図-12)に示すとおりであり、これによれば、被告製品の右のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズは、別紙(四)(小林鑑定書(一)二九頁表-2)のとおりであって、粒子サイズ一・四μ以下のものが全体の六六パーセントないし八〇パーセントであり、粒子サイズ四・一μ以上のものが全体の一〇パーセント未満であること、(2)被告製品を別紙(三)記載の条件で(ただし、分散剤は添加しない。)超音波分散処理をして粒子をときほぐしても、電子顕微鏡により観察して、シリカ皮膜が破壊された粒子はほとんど見当たらず、凝集体のままシリカ被覆されたものはそのまま破壊されずに凝集体として分散しており、したがって、右(1)の超音波分散処理を行っても、シリカ被覆前よりも細かい粒子が増えることはないこと、(3)コロイドミルにより剪断したクロム酸鉛顔料粒子と同粒子をシリカで被覆したクロム酸鉛顔料の顔料スラリーを、本件遠心沈降法により測定すると、その粒子サイズは、別紙図-8、図-9(小林鑑定書(一)の図-8、図-9)に示されるとおりであって、シリカ被覆前のものとシリカ被覆後のものとは、その粒子サイズ分布がよく一致し、互いに高度の相関性を有すること、以上の事実が小林鑑定書(一)記載の実験により確認されたことが認められ、右認定の事実によれば、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の顔料スラリーを、本件遠心沈降法により測定すると、その粒子サイズ分布は、四・一μ以上のものが一〇パーセント以下であり、一・四μ以下のものが五〇パーセント以上であるものと認められる。

被告は、この小林鑑定書(一)について、被告の主張3(三)(1)において、R.D.Cadleの前記著書によれば、本件遠心沈降法によりストークス則を用いて粒子サイズを測定する場合の試料の体積濃度は、約1容量パーセントが限度であるところ、小林鑑定書(一)が測定に用いたクロム酸鉛顔料の試料濃度は、10・7重量パーセントであり、これは、体積濃度に換算すれば2・03容量パーセントであるから、限度の2倍を越えたものとなっており、また、右試料の粒子間隔は、粒子の直径の三倍以下であるので、粒子間相互作用を無視することができないものとなっているから、小林鑑定書(一)の粒子サイズ測定は、基本的にストークス則を適用することができない条件での測定になっている旨主張するが、〈証拠〉によれば、丸善株式会社発行の久保輝一郎外三名共編の「粉体」という題名の文献に、「粒子径の3倍くらいの間隔があれば凝集は認められない」(同書一二三頁四~六行)と記載されていることから明らかなように、粒子径の三倍以上の粒子間隔というのは、一応の目安にすぎず、粒子間隔が粒子径の三倍以下になったからといって、直ちにストークス則を適用することができなくなるものではないこと、したがって、小林鑑定書(一)において、粒子サイズ測定に使用された顔料スラリーの粒子間隔は、10・7重量パーセントのとき、粒子表面間の距離で粒子径の二・七倍であるが、この値は、ストークス則が適用される条件から著しく外れた条件ということはできないこと、小林鑑定書(一)において粒子サイズ測定に使用されたクロム酸鉛顔料粒子については、別紙図-5(小林鑑定書(一)の図-5)に示されるように、顔料スラリー濃度10・7重量パーセントとそれを五倍に希釈した2・4重量パーセントの二つの場合について、それぞれ分散剤として0・2重量パーセントのヘキサメタリン酸ナトリウム又は1・4重量パーセントのケイ酸ソーダを用いて、本件遠心沈降法によりその粒子サイズを測定したところ、顔料スラリーの濃度による影響は大きなものではないことが実際に確認されたこと、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、小林鑑定書(一)の測定条件ではストークス則を適用することができないとの被告の右主張は、採用することができない。なお、被告は、ストークス則は、凝集していない単一粒子の大きさを測定するのでなければ成立しえないとも主張しているが、〈証拠〉によれば、クロム酸鉛顔料の単一粒子の平均粒子サイズは、本件遠心沈降法により測定して〇・三六μであることが認められ、右認定の粒子サイズと〈証拠〉によれば、本件発明(二)の構成要件Bは、クロム酸鉛顔料粒子を完全に単一粒子にまで分散してシリカ被覆をすることまで要求しているわけではなく、むしろ、剪断後も凝集体が残存することを当然の前提とし、このようなクロム酸鉛顔料粒子について、ストークス則を適用している本件遠心沈降法により測定した粒子サイズを規定していることが明らかであるから、小林鑑定書(一)において凝集体を含んだ被告製品の粒子サイズを本件遠心沈降法により測定したことは、測定方法として相当であり、したがって、被告の右主張は、小林鑑定書(一)に対する反論としては失当であるといわざるをえない。また、被告は、被告の主張3(三)(2)において、顔料スラリーの分散粒子の凝集状況は、イ スラリー化されるまでの顔料粒子の処理の経歴、ロ スラリーの調整方法及び濃度、ハ 分散剤の有無、その種類及び添加量、ニ 剪断力等の分散手段の程度、ホ 分散手段付与後の経過時間等の多くの因子によって著しい影響を受けるものであるから、シリカ被覆前の顔料スラリーに剪断力が加えられても、以後の各種処理、すなわち、乾燥、粉砕工程等を経て造られたシリカ被覆顔料粉末について、この本件遠心沈降法による粒子サイズ測定をしても、常に顔料製造時に加えられた剪断力が粒子サイズの差として観測されるという必然性はないし、いわんや、右の各種処理を経て製造された被告製品の粒子サイズによって、被告製品のシリカ被覆前の顔料スラリーの分散粒子の粒子サイズを論じることはできない旨主張するが、小林鑑定書(一)においては、被告製品を別紙(三)記載の超音波分散により十分にときほぐして、その粒子サイズを本件遠心沈降法により測定し、かつ、右の超音波分散によってもシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料のシリカ皮膜が破壊されないこと、及び、クロム酸鉛顔料粒子のシリカ被覆前後の粒子サイズ分布に高度の相関性があることを確認したうえで、被告製品のシリカ被覆前のクロム酸鉛顔料の粒子サイズを認定していることは、前説示のとおりであって、その認定の論理は合理的であるから、たとえ、顔料スラリーの分散粒子の凝集状況が、被告が主張する前記イないしホに掲げる事柄によって影響を受けることは、一般論としてはそのとおりであるとしても、被告の右主張は、小林鑑定書(一)における右認定の論理に対する反論となっていないことは明らかである。更に、被告は、被告の主張3(三)(3)において、小林鑑定書(一)では、クロム酸鉛顔料粒子にシリカを被覆した後、硫酸アルミニウムを加えているが、硫酸アルミニウムは、凝集剤であるから、シリカ被覆されたクロム酸鉛顔料粒子は速やかに凝集して沈降してしまうはずであり、したがって、図-8(小林鑑定書(一)の図-8)のデータには信憑性がなく、また、小林鑑定書(二)では、「上記のとおり、図-8のデータをとるために使用したシリカ被覆顔料試料からは、ろ過、水洗を繰り返すことにより、硫酸アルミニウムが除去されており、図-8のデータは、そのような硫酸アルミニウムによる影響のない状態で得られたものである(もし、硫酸アルミニウムが存在すれば、当然これらの試料の分散は悪くなると思われる。)」との記載があるが(小林鑑定書(二)一六頁)、添加した硫酸アルミニウムは、プラスに帯電した水不溶性の水酸化アルミニウムに転換して、マイナスに帯電したシリカ被覆顔料試料の粒子表面に吸着してしまうから、除去することは、もはや不可能である旨主張するが、〈証拠〉によれば、小林鑑定書(一)においては、クロム酸鉛顔料粒子をシリカ被覆した後、硫酸アルミニウムを加え、その後、これをろ過、水洗を繰り返して乾燥したうえで、小型ミルで三〇秒攪拌し、粉末にしていること、及び、粒子サイズを測定する前に、シリカ被覆クロム酸鉛顔料に別紙(三)のとおり強力な超音波分散を加えていることが認められ、右認定の事実によれば、小林鑑定書(一)においては、凝集剤を使用しているものの、右のような処理を加えることによって、クロム酸鉛顔料粒子を十分にときほぐしているものと認められるのであるから、被告の右主張も、採用することができない。更にまた、被告は、被告の主張3(三)(4)において、クロム酸鉛顔料粒子は、放置、乾燥する間に凝集する傾向を持つので、剪断後は、できるだけ早くシリカ被覆をするべきであり、シリカ被覆後も、当然経時的変化を伴うのであるから、できるだけ早く粒子サイズの測定をしなければならないところ、小林鑑定書(一)においては、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料について乾燥、粉砕等の工程を経た後に、その粒子サイズの測定をしているのであるから、小林鑑定書(一)における粒子サイズの測定結果には信憑性がない旨主張するが、〈証拠〉によれば、小林鑑定書(一)において、シリカ被覆後のクロム酸鉛顔料粒子を乾燥、粉末化した後にその粒子サイズを測定した理由は、被告製品の実際の製造工程におけるクロム酸鉛顔料の処理工程と条件をできるだけ同じくするためであること、また、小林鑑定書(一)においては、右乾燥、粉砕等の処理を経ることによって、シリカ被覆クロム酸鉛顔料が互いに再凝集することがあるため、別紙(三)記載の条件で超音波分散処理をして、再凝集したシリカ被覆クロム酸鉛顔料を十分にときほぐしたうえで、本件遠心沈降法により粒子サイズを測定し、更に、シリカ被覆クロム酸鉛顔料を超音波分散法により十分にときほぐしても、シリカ皮膜の破壊されたクロム酸鉛顔料粒子がほとんど見当たらないことを確認していること、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、被告の右主張も、採用の限りでない。なお、被告は、被告の主張3(三)(5)において、イ 小林鑑定書(一)の添付資料の電子顕微鏡写真によって、粒子サイズを測定することは、十分に意味があるところ、同添付資料6の電子顕微鏡写真によれば、本件発明(一)の実施品である試料と本件発明(二)の実施品である試料の各クロム酸鉛顔料粒子とは、分散状態が同程度であり、分散手段の相違に基づく粒子サイズの差異を識別することができないから、これは、同鑑定書における図-8ないし図-10の粒子サイズ分布の測定結果と矛盾するので、同鑑定書における右測定結果は信用しえず、また、ロ 小林鑑定書(一)における試料A、Bに、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズを越える大きなクロム酸鉛顔料の凝集体が存在するとすれば、乾燥工程後の粉砕、超音波分散処理により、一部の凝集体が破壊され、小林鑑定書(一)の添付資料6の電子顕微鏡写真の中に、シリカ皮膜が剥離したクロム酸鉛顔料粒子が現れるはずであるが、これが同写真において現れていないということは、右のような大きな凝集体は、写真の視野外にも存在しないことを意味する旨主張するが、〈証拠〉によれば、小林鑑定書(一)における電子顕微鏡写真は、クロム酸鉛顔料粒子の表面のシリカ皮膜の連続性及びクロム酸鉛顔料の凝集体が凝集した状態でシリカ被覆されること、このシリカが被覆された凝集体は、超音波分散法でも、元のクロム酸鉛単一粒子に分散されることはないことについて確認するために撮影されたものであって、顔料スラリー中のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズを測定する目的で撮影されたものではないこと、また、そのため、倍率も一〇万倍以上という高倍率を採用しており(ちなみに、この倍率では、一μが一〇cmの大きさになる。)、大きな粒子や凝集体は、当然撮影対象から除かれていることが認められ、右認定の事実によれば、被告の右イの主張は、この点において到底採用しえないものである。また、〈証拠〉によれば、小林鑑定書(一)の実験においては、シリカ被覆されたクロム酸鉛顔料は、凝集体のままシリカ被覆されたものであっても、これに同鑑定書記載の条件で乾燥、粉砕処理及び超音波分散処理を加えても、シリカ皮膜が破壊され、凝集体がクロム酸鉛の単一粒子に分散されることはないことが認められ、右認定の事実によれば、被告の右主張は、その前提において誤りがあることは明らかであり、採用するに由ないものである。なおまた、被告は、被告の主張3(三)(6)において、小林鑑定書(一)では、未乾燥クロム酸鉛顔料よりも再分散性の劣る乾燥クロム酸鉛顔料の顔料スラリーのみをもって論じていること、同鑑定書には、高速攪拌でも分散不良である旨の記載があるにもかかわらず、同鑑定書での攪拌の条件は、すべて攪拌条件の弱い一定のものであり、この実験をもってしては、顔料スラリーの分散性の実態を論じるには不十分であって、例えば、同鑑定書の図-6の(5)と(6)の関係が示すように、同一攪拌でも分散剤によっては、広間隙コロイドミルにより剪断した試料に匹敵する分散効果を示しているのも存在するのであるから、分散剤の最適量を使用して攪拌速度を高めれば、本件発明(二)の構成要件Bの粒子サイズ分布に達することは容易であり、したがって、小林鑑定書(一)の図-5ないし図-7は、このように極めて限られた条件での同鑑定書固有の実験例にすぎず、このデータのみをもって、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bを充足するか否かについて云々することはできない旨主張するが、〈証拠〉によれば、本件発明(二)は、その実施例4-Aにおいて、乾燥粉末状クロムイエロー顔料(CI-77600)を使用して実験をしていることが認められ、右認定の事実によれば、小林鑑定書(一)が乾燥クロム酸鉛顔料を使用して実験をし、その結果について論じたことに何ら問題はないものというべきである。また、本訴においては、被告製品のシリカ被覆前の顔料スラリー中のクロム酸鉛顔料粒子の粒子サイズが、本件遠心沈降法により測定した場合に、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズ分布の範囲に含まれるか否かが直接の争点であって、構成要件Bが規定する右の粒子サイズ分布が本件発明(二)の明細書において具体的に開示されているコロイドミルやホモジナイザー等の剪断方法以外の方法によっても達成しうるか否かは、直接の争点ではないから、小林鑑定書(一)において、強力剪断以外の手段、方法により、構成要件Bが規定する粒子サイズ分布を達成しうるか否かについて、詳しく実験をする必要はなく、また、実験をしなかったからといって、その結論が左右されるものでもなく、したがって、被告の右主張は、この点において採用しえないものである。なお、〈証拠〉には、小林鑑定書に対する反論が記載されているが、右乙号各証をもって小林鑑定書が実験により確認した結果を覆すに足りないことは、以上説示したところから明らかである。また、〈証拠〉には、被告の主張の一部に添う実験結果が記載されているが、以上の説示に照らし、〈証拠〉は、小林鑑定書に対する直接的な反証となっているとは認められず、小林鑑定書の結果を左右するものではなく、他に小林鑑定書による前認定を覆すべき証拠は存しない。

なお、被告は、被告の主張3(一)において、本件発明(二)の構成要件Bにおける粒子サイズ分布と被告製品の別紙目録の(4)記載の粒度分布とは、測定法及び測定の対象物において全く対応関係がないから、両者を比較すること自体無意味である旨主張するが、原告は、被告製品が本件発明(二)の構成要件Bの構成を具備していることを小林鑑定書により立証していることは、前認定判断のとおりであるから、被告の右主張もまた、採用するに由ないものである。また、被告の主張3(二)は、〈証拠〉に対する批判であるが、本項の結論を導くについて〈証拠〉をその認定資料として用いていないのであるから、右主張は、判断する必要のないものである。

以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件Bを充足するものというべきである。

4  本件発明(二)の構成要件C及びDと被告製品の構造との対比

本件発明(二)の構成要件C及びDは、前一の争いのない事実によると、「光、希酸、希アルカリ、石ケン溶液及び特に二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色及び摩擦に対し抵抗性をもつ改良クロム酸鉛顔料」というものである。そして、本件発明(二)は、クロム酸鉛顔料にシリカを被覆する前に、液体スラリーの状態にあるクロム酸鉛顔料をコロイドミルやホモジナイザー等により強力に剪断し、これによりクロム酸鉛顔料粒子の凝集体を破壊して、同粒子を本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定している粒子サイズ分布になるように加工し、その後できるだけ早くシリカを被覆することによって、摩擦作用によるシリカ被覆クロム酸鉛顔料の凝集体の破壊の結果生じる同顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下を阻止するという構成の発明であることは、前1認定のとおりであり、また、〈証拠〉によれば、米国特許第三、三七〇、九七一号の発明は、本件発明(一)の特許出願の優先権主張の基礎とされた米国出願に係る発明であるところ、本件明細書(二)には、「米国特許第3370971号の発明と同じように、本発明の製品は、クロム酸鉛の粒子をち密な無定形シリカのコーチングで包むことによって得られる。このコーチングはクロム酸鉛自体よりも大きい耐薬品性および耐熱性をもっている。このものはクロム酸鉛を効果的に封入し、それと酸や硫化物のような薬品との好ましくない反応を防止する。」(本件公報(二)二頁三欄一五行ないし二二行)、「本発明による生成物は、前記の米国特許第3370971号明細書に示されている改良シリカ被覆クロム酸鉛顔料の利点はすべて備えている。すなわち、この顔料は、従来のクロム酸鉛顔料と比較して、熱および光に対する安定性が増加しているし、薬品に対する抵抗性も著しく改良されている。これらの改良効果は、アルカリ、酸および硫化物に対する顔料の反応性が低下していることから明白である。これらの効果はまた、空気中で加熱した場合または成形したプラスチックに対する着色剤として用いた場合のいずれにおいても、光または高温にさらした際の変色に対する抵抗性が改善されていることによってもわかる。」(本件公報(二)六頁一一欄二三行ないし三五行)と記載されていることが認められ、右認定の事実によれば、本件発明(二)の構成要件C及びDにおける「光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び特に二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色……に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料」とは、本件発明(一)の改良シリカ被覆クロム酸鉛顔料が有している抵抗性、すなわち、緻密な実質的に連続性のシリカ皮膜によって保護されているクロム酸鉛顔料が、右のようなシリカ皮膜によって保護されていないクロム酸鉛顔料と比べ、変色に対する抵抗性において有意な差異を有していることを規定しているものであり、また、同構成要件C及びDの「摩擦に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料」とは、前1の認定に照らし、本件発明(二)のシリカ被覆クロム酸鉛顔料が、本件発明(二)の構成要件Bにおいて規定する粒子サイズの範囲外のシリカ被覆クロム酸鉛顔料と比べ、摩擦に対する抵抗性を有すること、すなわち、摩擦作用を加えた後のシリカ被覆クロム酸鉛顔料の耐光性、耐熱性及び化学的安定性の低下を阻止することにおいて有意な差異を有していることを規定しているものであると認めるのが相当である。

これに対して、(1)〈証拠〉によれば、訴外日本化学工業株式会社の昭和四七年五月一九日特許出願の特許発明に係る特許公報(特許出願公告昭50-14254号)に、「クロム酸鉛顔料は酸やアルカリあるいは硫化水素の如き大気中の硫化物と接触すると著しくその鮮明な色相が褪変色する欠点がある。また熱や紫外線などに接触すると酸素を一部放出して所謂6価クロムが還元する現象を起して、同様に褪変色する。……近時クロム酸鉛顔料の表面処理を行って、該粒子を改質させて前記の如き種々の問題を解決すべくいくつかの方法が知られかつ実施されている。……また他の方法として、クロム酸鉛の顔料粒子表面にシリカもしくはシリカ-アルミナを被覆する方法がある。この方法は、顔料粒子の水性懸濁液に、所定のPHに調節して予め調整したシリカゾル又はけい酸アルカリ水溶液を添加して該粒子表面にシリカゾル皮膜を形成させるものであり、シリカ皮膜の上に更にアルミナゾルの皮膜も必要に応じて行うものである。かかる方法で改質されたクロム酸鉛顔料は耐熱性および耐薬品性などの顔料粒子の品質特性がかなり向上せしめられる。」(同公報一頁二欄一四行ないし二頁三欄三二行)と記載されていることが認められ、右認定の事実と〈証拠〉によれば、少なくとも昭和四七年当時においては、本件発明(一)の構成のシリカ皮膜をその表面に形成したクロム酸鉛顔料は、そのようなシリカ皮膜を形成しないクロム酸鉛顔料と比べ、光、酸、アルカリ及び熱に対する抵抗性がかなり改善されているものであることは、当業者の技術常識であったものと認められる。そして、被告製品が緻密な無定形シリカを実質的に連続性の皮膜としてその表面上に沈着させたクロム酸鉛顔料であることは、前2認定のとおりである以上、被告製品がシリカ皮膜を形成しないクロム酸鉛顔料と比べ、光、酸、アルカリ及び熱に対する抵抗性がかなり改善されているものであることは容易に推認しうるところである。また、(2)〈証拠〉によれば、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料は、一パーセントの濃度の硫化ナトリウムに一時間接触したときに明瞭に変色するのに対し、被告製品は、同じ条件で硫化ナトリウムに接触しても全く変色しないことが認められ、更に、〈証拠〉によれば、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料は、硫化水素飽和水に一〇分間接触させたときに明瞭に変色するのに対し、被告製品は、右同様に硫化水素飽和水に接触させてもほとんど変色しないこと、及び、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料は、三二〇℃に加熱したときに著しい変色が生じるのに対し、被告製品は、ほとんど変色していないことが認められる。以上(1)及び(2)認定の事実によれば、被告製品は、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料と比べて、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液及び二二〇~三二〇℃の温度範囲の融解熱塑性樹脂と接触した際の変色に対し抵抗性を持つ改良クロム酸鉛顔料であることが認められる。

次に、被告製品が、本件発明(二)の構成要件Bに規定する粒子サイズの構成を具備するものであることは、前3の認定のとおりであるところ、〈証拠〉によれば、スターラーにより回転攪拌した後シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)における試料A)と、狭間隙コロイドミルにより剪断した後シリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)における試料C)とを、それぞれポリプロピレンチップとともに混合し、ボールミルで攪拌した後、再び水に分散させて軽い超音波に一分間かけ、これを電子顕微鏡で観察すると、試料Aではシリカ皮膜の破断された粒子が多く見られるのに対し、試料Cではこれがほとんどみられないことが認められ、右認定の事実によれば、試料Aは、細かく分散されずに大きな凝集粒子のままでシリカ被覆をされたため、ポリマーチップとの混合過程で粉砕されやすく、その結果、シリカ被覆されなかった部分が露出してくるのに対し、試料Cのように、本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズの要件を充足するものは、ポリマーチップとの混合過程でも粉砕されにくく、摩擦に対し抵抗力があることが認められる。このことは、被告製品のように、試料Cと同様に本件発明(二)の構成要件Bが規定する粒子サイズの構成を具備するものは、試料Cと同様に、ポリマーチップとの混合過程でも粉砕されにくく、摩擦に対し抵抗力があることを示すものである。また、〈証拠〉によれば、攪拌しただけで強力な剪断を加えずにシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料(小林鑑定書(一)における試料A)と被告製品とでは、それぞれポリプロピレンチップとともに混合し、ボールミルで攪拌した後、再び水に分散させて軽い超音波に一分間かけた後の三二〇℃における変色の度合及び硫化水素飽和水と一〇分間接触させたときの変色の度合において顕著な差異があることが認められ、右認定の事実によれば、同じくシリカ被覆をしたクロム酸鉛顔料であっても、小林鑑定書(一)の試料Aと被告製品とでは、摩擦作用を加えた後の耐熱、耐薬品性において顕著な差異があること、すなわち、摩擦に対する抵抗性が顕著に異なることが認められるのである。以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件C及びDの構成をすべて具備するものと認められる。

この点に関して、被告は、被告の主張4において、本件発明(二)の構成要件Cについては、光、希酸、希アルカリ、石鹸溶液等の外部刺激に対する変色及び摩擦に対する抵抗性をどのような試験法に基づいて評価するのかその基準が不明である旨主張し、原告の特許出願についての特許出願公告昭四六-四二七一三号の特許公報(〈証拠〉)の記載を引用するが、被告製品は、前認定のとおり、右の変色に対する抵抗性においては、シリカ被覆をしていないクロム酸鉛顔料と比較して顕著な差異を有しているのであり、また、摩擦に対する抵抗性についても、シリカ被覆前に強力な剪断を加えていないシリカ被覆クロム酸鉛顔料と比較して顕著な差異を有しているのであるから、右の変色及び摩擦に対する抵抗性については、抵抗性の度合が定量的に特定されていなくとも、被告製品が本件発明(二)の右構成を具備していることは明らかであるといわざるをえない。また、被告は、被告製品は、ジルコニウムオキサイド皮膜の均一被覆によるシリカ皮膜との親和力により、本件発明(一)及び(二)の実施品と比べ、その被覆状態は極めて滑らかであり、その物性において右実施品よりもはるかに優れており、本件発明(二)の構成要件Cに規定する物性とは、実質的な差異がある旨主張するが、〈証拠〉によれば、ジルコニウムオキサイド皮膜自体は、クロム酸鉛顔料粒子に化学的安定性を与えるものではなく、被告製品に化学的安定性を与えているのは、あくまでもシリカ皮膜であることが認められるから、仮に、被告製品が、ジルコニウムオキサイド皮膜とシリカ皮膜との結合力により、本件発明(二)の実施品と比べ、シリカ皮膜とクロム酸鉛顔料粒子との結合がより強固なものとなり、耐光性、耐熱性、耐薬品性においてより優れている面があるとしても、それは、被告製品が本件発明(二)の構成を利用したうえで、更に、別の構成を付加していることを意味しているにすぎず、この点は、被告製品が本件発明(二)の構成要件Cを充足するとの前認定を左右するものではない。したがって、被告の主張は、いずれも採用することができない。

5  被告の主張6について

被告は、被告の主張6(一)ないし(四)に掲記した公知技術を斟酌すれば、本件発明(一)及び(二)の技術的範囲は、被告が主張するとおり解すべきであって、本件発明(一)及び(二)について原告が主張するような広範な技術的範囲の解釈をすることは許されない旨主張するが、本件発明(二)の構成要件Bの構成を開示した公知技術の存在を認めるに足りる証拠はなく、また、〈証拠〉により認められる被告が主張するその余の公知技術を斟酌してみても、本件発明(二)の技術的範囲の解釈について、前認定を変更すべき理由は見当らず、したがって、被告の右主張は、採用することができない。

6  結論

以上によれば、被告製品は、本件発明(二)の構成要件をすべて充足し、本件発明(二)の技術的範囲に属する。

三  前一及び二の認定判断によれば、被告は、過失により被告製品を製造販売して原告の本件特許権(二)を侵害したものというべきであるから、原告に対し、右侵害行為により原告が被った損害を賠償すべき義務を負うところ、原告は、第一に、本件発明(二)の実施料相当額は、被告製品一kg当たり三五〇円が相当であるとして、これに基づいて算出した金額を損害として請求するので、まず、この点について検討するに、鑑定の結果によれば、被告製品の昭和五三年一月から同六〇年三月までの間の一kg当たりの平均販売価格は、八〇九円一三銭であることが認められ、右認定の事実によれば、原告が主張する右実施料相当額は、被告製品の右平均販売価格の約四三・二パーセントに相当することが認められる。そして、菊池工業が、原告に対し、本件特許権(一)及び(二)を実施した製品を年間三五〇トン製造使用販売することについての対価として年間一億二〇〇〇万円を支払う(製品一kg当たり約三四二円八五銭に相当する。)ことを内容とする原告と菊池工業間の一九八一年四月二八日付実施許諾契約書が存在していること、及び、社団法人発明協会発行の書籍「実施料率」(第三版)には、被告製品のクロム酸鉛顔料が属する無機化学製品の分野についての特許権等の技術援助契約においては、昭和四三年から同五二年までの間におけるイニシャルペイメントがない場合の実施料率は、一パーセントの例が四件、二パーセントの例が四件、三パーセントの例が八件、四パーセントの例が五件、五パーセントの例が一七件、六パーセントの例が五件、七パーセントの例が一件、八パーセントの例が二件、一〇パーセントの例が五件あり、その平均値は四・七八パーセントで、最頻値は五パーセントであるとの記載があることは、別件昭和五六年(ワ)第三九四〇号事件の審理により、いずれも当裁判所に顕著な事実である。そこで、以上の事実及び弁論の全趣旨を総合して審案するに、本件発明(二)の実施料相当額を認定するに当たっては、原告と菊池工業との間において、本件特許権(一)及び(二)について原告の主張に添う実施料相当額を内容とする実施許諾契約が締結されていること、前認定のとおり、本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であることなどを参酌すべきものと解されるけれども、他方、鑑定の結果によれば、昭和五三年一月一日から同六〇年三月末日までの間の被告製品の売上高の合計額は、二八億九六三五万二二五四円であるのに対し、被告製品の材料費加工費等の売上原価の合計額は、二二億六六八四万七三四二円であって、右売上高に占める売上原価の割合は、七八・三パーセントであることが認められ、右認定の事実によれば、前示被告製品の販売価格の四三・二パーセントに当たる金額を実施料相当額と認めることは、実情に添わないものというべきであり、また、前示無機化学製品の分野についての特許権等の技術援助契約における実施料率の具体例に照らしても、原告主張の実施料相当額をもって直ちに本件発明(二)の実施料相当額に当たると認めるのは相当ではない。しかしながら、本件特許権(一)及び(二)について右のような高額の実施料を定めた実施許諾契約が存在すること及び本件発明(二)は、本件発明(一)の改良発明であって前二1認定の目的及び構成の発明であること並びに次に認定するように昭和五三年一月一日から同五九年三月末日までの間の被告製品の製造販売行為により被告が得た利益の額は、被告製品の売上高の合計額の五・三パーセントであること等の事情を斟酌すれば、本件発明(二)の実施料相当額は、前示実施料率の具体例の中の最頻値である五パーセントと認めるのが相当である。

原告は、原告の主張する実施料相当額を原告が受けた損害であるとする主張が認められず、実施料相当額が利益の額を下回る額に認定される場合は、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を原告が受けた損害の額として請求する旨主張するので、この点について検討するに、まず、原告は、昭和五八年一二月、第三者に対し、クロム酸鉛顔料及びアゾ系顔料についての製造施設を含む一切の営業権を譲渡し、その営業を翌五九年三月末までに一切終了する旨公に発表していることは、別件昭和五六年(ワ)第三九四〇号事件の審理により、当裁判所に顕著な事実であり、右事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、遅くとも昭和五三年一月一日以降同五九年三月末日までは本件発明(二)を実施していたものの、同年四月一日以降は本件発明(二)を実施していないものと認められ、右認定の事実によれば、原告が本件発明(二)を実施していないことが明らかな期間については、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額をもって、原告が本件特許権(二)を侵害されたことにより被った損害であると推定することはできないものというべきであるから、原告が本件発明(二)を実施していた期間についてのみ、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を原告が被った損害の額と推定すべきところ、鑑定の結果によれば、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額は、昭和五三年一月一日から同年三月末日までの間が八三九万〇四二八円(利益率は、同期間の被告製品の売上高の一一・六パーセント。)、同五三年四月一日から翌五四年三月末日までの間が五六一九万一一三三円(同一五・二パーセント)、同五四年四月一日から翌五五年三月末日までの間が四〇一九万八二七六円(同八・九パーセント)、同五五年四月一日から翌五六年三月末日までの間が一二八九万七一五六円(同三・四パーセント)、同五六年四月一日から翌五七年三月末日までの間が三一一万〇三三八円(同〇・七パーセント)、同五七年四月一日から翌五八年三月末日までの間が△一三八万二二五五円(損失)、同五八年四月一日から翌五九年三月末日までの間が一三八五万七一〇五円(同三・八パーセント)であって、合計一億三三二六万二一八一円(同五・三パーセント。なお、右期間の売上高合計額は、二四億九一三〇万〇一八八円である。)であることが認められる。

ところで、原告は、本件特許権(二)についての実施料相当額が被告製品の製造販売行為により被告が得た利益の額より少ない場合についてのみ、右利益の額を損害の額として請求しているのであるから、右認定の事実によれば、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額が、実施料相当額(被告製品の売上高の五パーセント)より多い昭和五三年一月一日から同五五年三月末日までの間については、右認定の被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額が原告が被った損害の額であり、右の利益の額が被告製品の売上高の五パーセントより少ない同五五年四月一日から同五九年三月末日までの間及び利益の額について立証のない同五九年四月一日から翌六〇年三月末日までの間については、被告製品の売上高の五パーセントの実施料相当額が原告の被った損害ということになる。また、原告は、昭和六〇年四月一日から翌六一年三月末日までの間においては、被告が得た利益の額を損害として請求しえないことは、前説示のとおりであるから、この期間についても実施料相当額を損害として認めることになる。そうすると、鑑定の結果によれば、昭和五五年四月一日から翌五六年三月末日までの間の被告製品の売上高は、三億七七三八万三九五〇円であるから、その五パーセントである実施料相当額は一八八六万九一九七円、同五六年四月一日から翌五七年三月末日までの間の被告製品の売上高は、四億四〇七二万三九三二円であるから、その五パーセントである実施料相当額は二二〇三万六一九六円、同五七年四月一日から翌五八年三月末日までの間の被告製品の売上高は、四億一一六七万七二三三円であるから、その五パーセントである実施料相当額は二〇五八万三八六一円、同五八年四月一日から翌五九年三月末日までの間の被告製品の売上高は、三億六七九八万二九三〇円であるから、その五パーセントである実施料相当額は一八三九万九一四六円、同五九年四月一日から翌六〇年三月末日までの間の被告製品の売上高は、四億〇五〇五万二〇六六円であるから、その五パーセントである実施料相当額は二〇二五万二六〇三円であると認められ、また、昭和六〇年四月一日から同六一年三月末日までの間の被告による被告製品の販売額は、鑑定の結果によれば、被告による昭和五三年四月一日から同六〇年三月末日までの年間平均販売額が四億〇三四一万九六五七円であると認められるから、この事実から右同額の販売額であると推定するのが相当であるから、その五パーセントである実施料相当額は二〇一七万〇九八二円であると認められる。なお、鑑定の結果によれば、同鑑定において認定した利益の額は、被告製品の売上高から売上原価を差し引いた売上総利益から更に販売費、一般管理費、営業外損益及び特別損益を差し引いた純利益であると認められるところ、原告は特許法一〇二条一項の規定にいう「利益の額」とは、被告製品の売上高から売上原価を差し引いた売上総利益から、製品運賃及び販売費を控除した額とみるべきであり、この額から更に一般管理費、営業外損益及び特別損益を控除した額を純利益と考えるべきではない、すなわち、同項の規定にいう「利益」とは、侵害の事実がなかったと仮定した場合に予想される財産の総額と、その事実の発生した後の現実の財産の総額との差であると考えるべきであり、したがって、侵害行為に直接関係のある費用は控除してよいが、それと関係なく生じている一般管理費や営業外損益等を控除するのは妥当ではない旨主張するので、この点について判断するに、鑑定の結果によれば、同鑑定においては、被告が被告製品を製造販売した各期間ごとに、給料、賞与その他の人件費、通信費、旅費交通費及び賃借料等の諸費用を一般管理費として計上し、また、支払利息、割引料及びその他の営業外費用から受取利息及び雑収入等の営業外収益を差し引いたものを営業外損益として計上し、これと昭和五三年三月期に発生した特別損益について、いずれも被告の総売上高に対する被告製品の売上高の割合により案分して計上していることが認められ、右認定の事実によれば、右の諸費用は、いずれも被告製品の製造販売行為と関係なく生じている費用であるということはできず、したがって、原告の右主張は、採用しえないといわざるをえない。

以上によれば、原告が被告の本件特許権侵害行為により被った損害は、(1)昭和五三年一月一日から同五五年一二月末日までの期間については、同五三年一月一日から同五五年三月末日までの間に被告が被告製品の製造販売行為により得た前認定の利益の額の合計額である一億〇四七七万九八三七円に同五五年四月一日から翌五六年三月末日までの間における前認定の実施料相当額の四分の三に当たる一四一五万一八九七円(同五五年四月一日から同年一二月末日までの実施料相当額は、特段の事情がない限り、期間の長さに応じて同五五年四月一日から同五六年三月末日までの間の実施料相当額を案分するのが相当であるところ、本件においては右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。)を加えた一億一八九三万一七三四円、(2)同五六年一月一日から同五八年一二月末日までの期間については、右期間における前認定の実施料相当額(同五六年一月一日から三月末日までの間と同五八年四月一日から同年一二月末日までの間については、前同様の理由により、一年分の実施料を期間の長さに応じて案分した金額)の合計額である六一一三万六七一五円、(3)同五九年一月一日から同六一年三月末日までの期間については、右期間における前認定の実施料相当額(同五九年一月一日から同年三月末日までの期間については、前同様の理由により、一年分の実施料を期間の長さに応じて案分した金額)の合計額である四五〇二万三三七一円であると認められる。

四  よって、原告の本訴請求は、右認定の損害額の合計額である二億二五〇九万一八二〇円及び内金一億一八九三万一七三四円に対する不法行為の後の日である昭和五六年四月一六日から、内金六一一三万六七一五円に対する不法行為の後の日である同五九年九月一二日から、内金四五〇二万三三七一円に対する不法行為の後の日である同六一年五月一三日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官 富岡英次は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 清永利亮)

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